1963(昭和38)年11月9日に発生した、脱線事故、通称「鶴見事故」に関する監査報告書の全文(今回は前編)をアップさせていただきました。
この事故は、走行中の二軸貨車(ワラ1)形が走行中に脱線して、電柱に衝撃、脱線した貨車はそのままの旅客船を支障、すぐ横を走っていた電車と接触して電車は跳ねられるようにして、対向する下り電車の側面に衝突、下り電車4両目後部から5両目を破砕しながら乗り上げて停止する悲惨なもので、上下列車合わせて161名の死者と120名の重軽傷者を出す大惨事となった事故です。
この事故の原因は、走行中の貨車によるせり上がり脱線と言うことでしたが、その後原因を調査するために狩勝実験線として廃線となった区間を生かして走行実験などが繰り返されることとなりました。
結果的には原因は複合的な要因による競合脱線と言うことでしか結論は出ず。脱線しにくい踏面等が考案されていきましたが。
ワラ1形式自体は欠陥貨車というレッテルを貼られることなく、59年2月の直行系輸送へのシステムチェンジまでは、汎用貨車として利用されることとなりました。
今回は、前編と言うことでアップさせていただきました。
引き続き、後編もアップさせていただきます。
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東海道本線鶴見・横浜間における運転事故
(写)
監委事第2号
昭和39年1月30日
運輸大臣
綾部健太郎殿
日本国有鉄道監査委員会委員長
岡野保次郎
東海道本線鶴見 横浜間における運転事故に関する
特別監査報告書の提出について (報告)
.
昭和38年11月11日付鉄保第194号により、 東海道本線鶴見・横浜間における運転事故について調査審議した結果、 昭和39年1月29日、 別冊のとおり議決しましたので、御報告いたします。
東海道本線鶴見 横浜間における運転事故に関する特別監査報告書
昭和38年11月11日付で、 東海道本線鶴見 横浜間における 列車衝突事故に関し、運輸大臣より事故の原因の究明について特別監査を行ないその結果を報告するよう御命令がありましたので、 監査委員会は昭和38年11月14日以降28回にわたり、 委員会を開催し審議いたしました。
国鉄においては昭和37年5月常磐線三河島駅列車衝突事故が発生し、本委員会においてはその原因および対策について指摘してきたところであり、 国鉄はこれに基づき同種事故が再び発生しないようあらゆる対策を講じてきたのでありますが、今回またも本件のごとき事故が発生したことは、人命尊重、事故防止の観点からまことに重大なことといわなければなりません。 よつて本委員会は国鉄本社役員、 局長、東京鉄道管理局長等についてその状況、意見を聴取し、 また、その原因を技術的に究明するために技術顧問を委嘱して実情を詳細に調査検討いたしました。 しかし、事故の直接原因については、国鉄東海道本線鶴見列車事故技術調査委員会 (以下 技術調査委員会] という。)が技術的に原因調査を行なっておりますので、その内容を基礎として判断することとし、本委員会としては、さらに事故発生の背景となる基本的問題について調査検討いたしました。
以上の結果により、次のとおり所見を申し述べます。
Ⅰ 事故の概況
昭和38年11月9日21時51分ごろ、 東海道本線鶴見 横浜間において下り第2365貨物列車の後部3両が脱線し、上り旅客線を支障した。 これに上り第2000S電車が衝突、電車3両が脱線し、前頭部がおりから同地点を進行中の下り第2113S 電車に衝突した (附図参照)。 このため、 死者 161 名、負傷者 119名を出した。(以下本件の事故を 鶴見事故] という。)
1 運転の状況
下り第2365貨物列車 (現車45両、換算101.2両) は新鶴見操車場を21時44分に発車し、速度 60キロ/時で力行運転中 東京起点23キロ790 メートル附近43両目の貨車ワラ501号車 (積車) が進行左側に乗り上がり、約14メートルにわたりレール上を走行して脱線し、 続いて44両目のボム92号車 (空車)、45両目のワフ 28088号車 (空車、 車掌1名乗務) も脱線した。 ワラ501号車は脱線したまま約60メートル走行し、電車線路用鉄柱に衝撃してこれを傾斜させるとともに旅客上り本線を支障した。 新鶴見操車場発車時刻および当時の電線路電圧、列車の実荷重等を考慮してこの衝撃時刻を推定すれば、 21時50分50秒ごろと思われる。 この衝撃により最後部の貨車に乗務していた車掌は車内で転倒したが、その後、上り電車の列車防護を行なった。 列車は分離した。
貨車3両を残し滝坂踏切を越えて間もなく取り扱われた非常制動手配により、前頭は24 キロ 675メートルの地点に停止した。 脱線現場附近の運転速度については、列車運転線図、 列車推移図によるほか制動距離から計算してもほぼ 60キロ/時と推定される。
上り第2000S 電車は横浜駅を21時47分に発車し、 滝坂踏切の直前で非常制動手配をとつたと思われる。 その後、 ワラ501号車に衝突し、この衝撃により前頭車がおりから停止寸前にあつた下り第2113S 電車の4両目および5両目に衝突しこれを大破した。 衝突時の時刻は21時51分30秒ごろと推定される。
下り第2113S 電車は鶴見駅を約2分延通し、生見尾踏切附近を惰行運転中、架線の動揺とスパークの発生を見て非常制動手配をとり事故現場に停止した。
その時刻は21時51分30秒ごろと推定される。
以上により、 最初の脱線車ワラ501号車が電車線路用鉄柱に衝撃してから上り第2000S 電車がこれに衝突するまでの時間から推定して、 車掌が転倒してから実際に発炎信号を発するまでの所要時分を考慮すると、 電車の衝突を防護するのに時間的に間にあわなかつたものと思われる。 この時刻には第2113S電車はすでに事故現場に到着しており、 上り電車が貨車に衝突してから、 電車相互が衝突するまではほぼ瞬間的であつたものと推定される。
したがって、 関係職員としては、当時の状況下では他にとるべき処置はなかつたものと思われる。
2線路の状況
事故現場附近の線形は、 曲線半径419メートルの曲線と曲線半径450メートルの曲線とが約20メートルの直線区間をはさんで連続し、 曲線方向が反対のSカーブである。
脱線地点より先、 横浜方の軌道は事故により破壊されているが、 脱線地点までの線路はほぼ事故当時のままであり、軌道諸材料は良好な状態にあり、 また、軌道の状態は他の同種の線路の測定結果に比して大差はなかつた。
脱線地点附近の軌道にある通り] の基準線からの偏位には、約25メートルの波長の山が現われていた。 レールのフロー状態には、はく離および定常的に車輪が当たった形跡は認められなかつた。 路盤はやや軟弱である。
3 車両の状況
最初に脱線したと推定される貨車ワラ501号車は、 昭和38年8月新製されたもので、 落成検査および使用開始後の所定の検査の記録によれば異状は認められなかつた。 また、同貨車にはビール大麦 284 俵が積載され、 走行性能に影響を与えるような偏積はなかつたものと推定されるが、 同貨車が破損したため確認し得なかった。
事故直後の車両の破損状況からみて、ワラおよびこれに前後するツム、ボムならびに最後部の緩急車ワフとも、バネ、 軸箱、 軸受金、自動連結器および2段リンク装置には異状はなく、 リンクについては脱線前にはずれていたと思われる根拠はうすい。
車輪についても、 各部の形状および寸法に異状は認められなかつたが、 最初の脱線車輪と推定されるワラ501号車の第3位車輪 (進行方向前軸左側) のフランジ外面の円周方向に数条の条こんがあり、この条こんはレールとの接触によって発生したのではないかと考えられるが明らかでない。
Ⅱ 事故原因の推定
運転、線路および車両の状況は前述のとおりであるが、 この状況は国鉄の定める規程、 基準に適合するものであり、したがつて脱線に至るべきものとは認められなかつた。このため事故原因の究明が必要となり、 技術調査委員会はできるだけ事故当時と同じ状態にして列車走行試験を行なうこととした。
本委員会としても、 事故の直接原因を究明することがまず必要であると考えたところであるが、調査の作業に重複が生ずるのを避け、 技術調査委員会の調査内容を基礎として判断することとした。
1 技術調査委員会による原因の推定
技術調査委員会が3次にわたる走行試験の結果中間的に事故原因について推定したことを要約すると、 次のごとくである。
(1) 鶴見事故現場の乗り上がり地点において、 ワラ形試験車第3位車輪の輪重は大きく減少し、続いて急激に横圧の大きな値が現われ、その時隔は最小0.1秒程度であった。また、横圧と輪重の比は速度60キロ/時ないし 65 キロ / 時において最大約0.55を示したが、 脱線に対しての安全基準 0.8 に対してなお相当の余裕があり、鶴見程度の線路状況ならば、車両に試験車と異なる特異な異常状態がなければ脱線しない。
(2) 線路状態が良好な場合は曲線区間でリンクをはずし、 積荷を偏積しても車両の走行性能に対しその影響は少なかつた。 したがって、 車両に試験車に設定したような特異な異状、たとえばリンクのはずれのごとき状態があつたとしても脱線しない。
(3) 線路状態に悪条件が加わるに従って、 リンクのはずれあるいは偏積の影響がその走行性能に鋭敏に現われることから、 鶴見程度の線路上を特異な異状、たとえばリンクのはずれのある車両が走行すれば脱線の公算は相当高いが、リンクはいずれもはずれていなかつた公算の方が大きい。
(4) 積荷の偏積による影響は、 鶴見脱線車両の場合はあまり高くない。
要するに、今回の脱線は、ワラ501号車が事故現場附近の曲線を通過した際、曲線ならびに軌道状態の影響もあつて逐次左右の動揺が増大し、これに伴い第3位車輪にかかる輪重が大きな変動を示すとともに、 横圧もまた急激に変化し、これがたまたま乗り上がり地点附近における列車の走行状態、 線路条件、 隣接車両の動揺および脱線車特異の悪条件が競合したため起こつたものと考えられる。
換言すれば、 事故当時は走行試験と比較して第3位車輪にかかる輪重の減少がよりはなはだしかつたことと、 第3位車輪において輪重の極小値と横圧の極大値との間の時隔がさらに短かかつたことのいずれかによつて脱線するに至つたものと推定される。
なお、 技術調査委員会は、今後さらに原因の究明に努力を継続すると述べている。
2 原因推定上残された問題
前述のとおり、 技術調査委員会の調査結果が脱線事故の原因を各種の素因が競合した結果であると推定していることは、 現段階においては時間的制約もあり、またこの種脱線機構の解明が世界の鉄道においても未解決の問題であることから、 一応やむを得ないものと認められるが、この推定は車両を脱線に導く素因の解明と各素因の関係度合がいまだ十分に究明されておらず、 事故の原因を解明したものであるとはいい難く、 本委員会は、国鉄がこの究明を持続して行なうことを強く要望する。 その調査にあたつては、次の諸点に留意すべきであると考える。
(1) 走行試験の結果をみると、 ワラ形試験車の横圧はある周期で大きな値を示しているがその変動範囲は比較的定常的である。これに反して輪重の変動範囲は比較的大きく、 鶴見の事故現場附近およびその他の右曲線において、 輪重は大きな減少を示している。
このことからみて、 輪重減少に大きく影響する車両のローリング等輪重変化の素因の追求をさらに徹底すべきである。
さらに、原因推定の結論として輪重の極小値と横圧の極大値の時隔が一層短かくなった場合脱線に至ると述べているが、 輪重の極小値と横圧の極大値一致の機会について理論的実験的追及を今後推進すべきである。
(2) 事故当時の貨物列車の速度については、 60 キロ/時で力行運転していたものと推定してほぼ誤りがないと述べている。 これは事故現場の状況その他からみてほぼ正しいものと認められるが、 走行試験の結果からみると、 65 キロ / 時附近において輪重の減少率あるいは輪重横圧の比に大きな数値が見受けられることから、 素因解明の一手段として試験速度も65キロ/時をこえる試験を行なうべきであると考える。
(3) 走行試験のための試験列車の編成をみると、 試験貨車の前にマヤ、スヤの2両の客車を連結しているが、これが列車動揺に対して絶縁材的影響を与えたため、試験列車は必ずしも事故列車と同じ状態でないのではないかとの疑問がもたれる。 今後この点についての解明を行なうべきである。
(4) 線路の状況は、 他の同種の線路に比して軌間、水準、通り、高低等の軌道状態については大差はなかつたが、走行試験の結果から技術調査委員会において線路側の悪条件が車両の走行性能に鋭敏に影響すると述べているように、軌道状態に限らず線路条件としてSカーブの線形、 緩和曲線、路盤等についてもこれが車両運動に与える影響を究明すべきである。
(5) ワラ 501号車の第3位車輪フランジ外面に残された数条の条こんについては、 脱線状況との関連が不明確のままであるので、 今後解明に一層の努力をすべきである。
(6) 原因の推定のなかにおいて、 積荷の影響はあまり高くないと述べているが、過去の脱線事例にもその原因が積荷の偏積によるものとみなされるものがあり、この際偏積の与える影響について走行中の積荷の移動も含めてさらに究明する必要がある。
(7) 走行試験の結果からある現象を推定する場合は因子別に統計的に処理して推論すべきであり、 走行試験計画なども実験計画法的試験を行ない、脱線に関係する素因と関与の度合などについて究明を行なうべきである。
なお、ワラ 501号車が特別にもつていたと思われる異常状態解明のため、今後ワラ形式貨車の走行性能試験を他形式貨車との比較において、 統計的な調査、試験を推進すべきである。
参照文献 国鉄監査報告書 昭和38年版
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