2021年5月6日木曜日

国鉄総裁物語 三井物産社長から国鉄総裁へ 石田礼助物語 第1話


日本国有鉄道総裁石田礼助総裁の物語です。
今回は朗読形式で何回かに分けてアップさせていただきました。
国鉄唯一の財界人であり、現在の首都圏の輸送力増強など、JR東日本の輸送インフラを整備するなど大規模な投資と安全に拘った投資を行なった名総裁

何回かに分けてアップさせていただく予定にしております。

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2021年5月5日水曜日

52回-参議院 運輸委員会-1号 昭和41年9月12日 深谷駅急行列車停車問題に関する議事録

後辞任に追い込まれるのですが、荒舩清十郎が運輸大臣に就任した際、深谷駅に急行列車を停止させようとして圧力を掛けた件で、当時の石田総裁は、「武士の情け」」として明言を避けるなどの物議を醸した者でした。

当時の時刻表を参照しますと、

    上り列車 第1信州     8:39 奥利根2号 14:56

    下り列車 奥利根2号  14:56 第3信州   18:04

となっていました。

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52回-参-運輸委員会-1号 昭和41年9月12日

昭和四十一年九月十二日(月曜)
   午前十時四十一分開会
    ―――――――――――――
  委員の異動
 八月三日
  辞任      補欠選任
   源田  実君  堀本 宜実君
 八月十五日
  辞任      補欠選任
   堀本 宜実君  津島 文治君
 九月三日
  辞任      補欠選任
   野坂 参三君  岩間 正男君
 九月十日
  辞任      補欠選任
   中村 順造君  瀬谷 英行君
    ―――――――――――――
 出席者は左のとおり。
   委員長     江藤  智君
   理事
           岡本  悟君
           岡  三郎君
           吉田忠三郎君
   委員
           金丸 冨夫君
           津島 文治君
           平島 敏夫君
           相澤 重明君
           木村美智男君
           瀬谷 英行君
           浅井  亨君
           中村 正雄君
  国務大臣
   運 輸 大 臣 荒舩清十郎君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       吉田善次郎君
  説明員
   運輸政務次官  金丸  信君
   運輸大臣官房長 沢  雄次君
   運輸省鉄道監督
   局長      増川 遼三君
   運輸省航空局長 堀  武夫君
   日本国有鉄道総
   裁       石田 禮助君
   日本国有鉄道副
   総裁      磯崎  叡君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○理事の辞任及び補欠互選の件
○運輸事情等に関する調査
 (日本国有鉄道の運営に関する件)
 (航空に関する件)
    ―――――――――――――
○委員長(江藤智君) ただいまから運輸委員会を開会いたします。
 委員の異動について報告いたします。
 去る八月三日、源田実君が委員を辞任され、その補欠として堀本宜実君が選任されました。また、去る八月十五日、堀本宜実君が委員を辞任され、その補欠として津島文治君が選任されました。
 また、去る十日、中村順造君が委員を辞任され、その補欠として瀬谷英行君が選任されました。
    ―――――――――――――

    ―――――――――――――
○委員長(江藤智君) 運輸大臣並びに運輸政務次宜から発言を求められておりますので、これを許します。荒舩運輸大臣。
○国務大臣(荒舩清十郎君) 今回はからずも運輸行政を掛当することになりました。まことにふなれでございまして、経験乏しい者でございますが、どうぞ各位の御支援をお願い申し上げまして、簡単ですがごあいさつといたします。
○説明員(金丸信君) このたぴ運輸政務次官を拝命しました金丸でありますが、ずぶのしろうとでございまして、またぶこつ者でありますが、よろしくお引き回しをお願い申し上げます。
    ―――――――――――――
中略

○岡三郎君 あまり運輸大臣言いたくないようですから、もう少し質問いたしますが、最近に言われている深谷駅の急行停車の点については、後刻同僚から質問がありますが、こういう点についても運輸大臣としてやはり冒頭自分の所信というものを語らなければ、運輸委員会に対して大臣は一体これをほっかむりしていくのかと、こういうことになってしまう。
 それから、あなたが韓国に行っている際、十日に当参議院の法務委員会において大阪拘置所移転の問題が論議されているわけです。しかもこれには、昭和三十六年一月三十日にあなたが大阪グランドホテルに田中彰治氏と行って、延原観太郎と話し合いをしている問題から、いろいろと巷間うわきが取りざたされているわけです。やはりこういう点についても、明確にいま言った所信のことばに伴って自分の対処する方針といいますか、そういうものを明確にしてもらう必要が私はあると思う。この点についてどういうふうにお考えですか。

○国務大臣(荒舩清十郎君) 急行をとめるというような問題につきましては、これは後ほど御質問の際にお答えをいたすのがいいんではないかと思っております。
 第二番の田中彰治事件の問題につきましては、これは法務委員会におきましてその問題の黒白をつけるのがよろしいと思いますが、ただし、御質問等ぐざいますから、要点だけを申し上げておきたいと思うのでございます。私は当時決算委員長でございました。決算委員会に対しまして、なくなりましたが、牧野寛索代議士があの拘置所の交換等については疑義を持っておるから、ひとつこの問題を研究してもらいたいというので、名前は忘れましたが、上野という人を議会に連れてまいりまして、しかしこの問題は私はまことにしろうとでございますし、また大阪等の事情はよく存じておりません関係上、これは委員会に取り上げる前に、すでに国有財産小委員会というものができることになっておりまして、その委員長に田中彰治君が推薦を受けておったのでございます。したがって、そういうたんのうな人のほうに持っていってもらいたい、こういう話を当時の牧野代議士にいたしました。その後、田中彰治君がこの問題についてかなり突っ突んだ、あるいは委員会の職分以上のいろいろな調査が始まっているようでございました。そこで私は、決算委員長といたしまして、こういう問題等については行き過ぎがあっては相ならぬ、あくまでも公正妥当な見地に立って対処すべきであるとこう考えまして、たまたま二月の早々に、決算委員会でありましたが、五、六年前のことですからよく記憶がございませんが、あるいは国有財産の小委員会であるか、はっきりそこは記憶がございませんが、それにかかるということでございますので、これはその前に、事前に所有権のある延原観太郎という人に個人の資格で会って、そして行き過ぎのないように田中彰治君と話し合いができるということがいい、そうしてあくまでも不正であるか、不正でないかということを所有権を持っておる延原氏と直接に話し合って、それが不正であれば委員会にかけて論議する、あるいはその黒白をつけることがよろしいと考えておりまして、そこでたぶん一月の中旬以降でございますか、私が延原氏に個人の名前で御高説を拝聴したい、したがってその場合には田中彰治君も一緒に連れていきたいと思うが、御返事を願いたいという手紙を出しました。そういたしますと、直ちに向こうから電報で、日は忘れましたが、何月何日に大阪のグランドホテルで、時間も忘れましたが、たぶん午前十時ごろだと思いますが、お越しを待つという電報が参りました。したがいまして、その電報が来ると同時に、どうか田中彰治君がひとつ私と一緒に行って、決算委員という資格でなく個人の資格で、調査という問題等を別に、所有者である延原氏と会って話し合ってみろことがいいんじゃないかということで、私が田中彰治君を伴いまして、だいぶこれに対しては行くのをいやだと言っておりましたが、まあそう言わないで一緒にひとつ行ってもらいたいということで参りました。ちょうど私は個人の資格でございますし、たぶん田中君も個人の資格で、旅費も何も自分で持って行ったと思います。私はもちろん自費で、決算委員会の旅費も何も使いませんが、それで参りました。たまたまホテルは別でございまして、たぶん九時か十時で、いまはっきり覚えておりませんが、そこへ延原氏が来るから、ひとつ私から話をするから、あなたのホテルへ電話するからそこへ来てもらいたい、そして行き過ぎ等のないように穏やかな話をしよう、こういうことで、グランドホテルのロビーで私は待つておりましたところが、あいにく延原という人が参りませんで、たぶん御子息であると思います。同時に、番頭さんであるか、あるいは弁護士の方であるか、かなり法律に詳しいような説明をなすっておられた方であります。お二人が参りまして、電報をいただいたから来たのだが、ひとつきょうは田中彰治君も後に見えますが、どうかひとつよく話し合いをしてもらいたい、そうして正しいことは正しい、不正なことは不正でひとつ話し合ってみてもらいたい、こういうことで話したところが、どうも田中さんが来るのでは、うちのおやじはお目にかかりたくないというので来ません、こういう御返事でございました。そう言わないで、電話ででも呼んでくれませんかと私が主張しておりましたところが、どうも田中さんとはお目にかかりたくない。そこで私は、きょうは非公式に話し合って、どうも話を持ってきた人が、上野という人と、まあ最初牧野寛索君ではございますが、上野という人と二人で来たので――この人は何か沖縄へ選挙違反で逃げて世間を騒がした人だという印象を私は持っておりましたから、そういうので、私はどうも持ってきた話も何か食い違いがあり、あるいは利権を伴うような話でもあると直観をしていたので、どうかおとうさんを呼んできて話をしてもらったらどうでしょうというお話をいたしました。そうすると、あなた一人ならお目にかかるが、田中さんが来ているのではどうも困るということで、十五分か二十分時間がたっておりましたが、そう言っているときに、田中彰治君がうしろに私は来ているとは思わなかったが、ロビーで大ぜいおりますから、立っておりまして、そうして田中君が私に、「何だ荒舩、おまえは、いやだいやだと言うのにせっかく大阪までおれを連れてきているにかかわらず、向こうから電報が来ているというのに、なぜそれを呼びつけることができないか」ということで、ロビーのところで大喝一声――大喝一声どころじゃなく、大喝何声かで私のことを文句を言いました。そういたしますと、あまり声も大きいし、ロビーに一ぱいいる人が何事か起こったというのでみな顔を見合わせるような状況でございました。したがって私は、困ったことだな、別室にと思っているうちに、延原氏のむすこという人と、そのついてきた方とが、気持ちを悪くしたのか驚いたのか知りませんが、「これで失礼します」ということで、この問題はこれでおしまいですからというので、はっきりことばはわかりませんが、そういう意味を残して、「まあ待ってください」と言ったが、立って帰りました。「待ってください」と言って出口まで私は追いかけましたが、そのまま帰りました。その後の問題については、これは私は困った問題だ。そうして三月早々に、これも実ははっきり覚えておりませんが、決算委員会であったか、あるいはたぶん小委員会であったと思いますが、小委員会で、私も出席をいたしましたが、それは決算委員会のあれであったか、小委員会だったかはっきり記憶ございません。そこで実は田中君がその参考人をたくさん呼び出しまして、まああらゆる、ちょうど検事が被告を調べるような強い調べ方で、もう聞くに耐えないような調べ方の状況がございました。これはいかぬなと、こういう問題は困った問題だと思っていて、幾日もたたないうちにむすこさんが大阪検事局に引っぱられた。どういうことで引っぱられたのだろうと思ってあ然としているうちに、実はその土地をどういうことですか一億何千万出して仮差し押え処分か何かしたようでございまして、もちろんむすこさんも勾留をされておりますし、田中君にも呼び出しがあったようでございます。そうしてまた秘書にも呼び出しがあったようでございまして、そのうちに大阪から電話がありまして、あなたも御迷惑ですがひとつ田中君を調べるこについて参考に聞かしてもらいたい、無理にとではございませんが、もし大阪まで来られなければ私のほうから出張しますが、ひとつ真相を話してもらいたい、こういう電話がございましたので、それじゃあ私も行きましょうというので参りました。別に私も気にとめるほどのこともございませんから、検事さんの名前もあるいは何も覚えておりませんが、こういう問題が起こって、そうしてあの土地は田中君が強圧を加えて、そうしてそれを買収するつもりらしかった、こういう検事さんのことばでございました。大きな値打ちのあるものを安く買うつもりのように思われた、したがって初めからの真相をお話し願いたいと言うから、右のような話をいたしました。それはまことに御苦労さまでしたということで、私は三十分か一時間くらいかかったですか、それですぐに帰ってまいりましたが、事の真相はさようでございまして、私が出した手紙等につきましても、これは個人の資格で、決算委員長の名前で出した手紙ではございません。なおついでに、田中君と行ったことは、私が出した手紙に対してお越しを待つという電報によって私は行き、なおそういうような問題が決算委員会で諭難きれて、非常な決算委員会の委員の立場をこえたような発言でもあったら国会全体のまずい問題でもあると考えまして、私は非常な誠意を持ったようなつもりで、田中君が行かないというのを無理に大阪まで引っぱって行ったようなわけでございますが、事情はこういうことでございます。
 その後私は手紙を何か法務委員会でまた牧野君を通じて出したとかなんとかいうようなことを言ったということですが、それは全然うそでございまして、最初に、いま申し上げたような、一ぺん手紙を出しただけでございます。なおまた、この問題等につきましては、検事局で田中君のむすこきんが呼ばれて逮捕された問題でもありますし、なお田中君もこれは向こうに、参考人ではなかったと思いますが、呼ばれて調べられたような状況で、何かこれ以後の問題等は知りません。したがいまして、この問題は、私が決算委員長であったから、こういうことで、こういうような事情でございまして、その他の点については一点たりともやましい点は天地神明に誓ってない。それから、私が行なった、田中君を連れていって所有権のある延原氏と、ブローカーやなんかの話やなんかでなく、話し合いをしてみて、そこに不正があれば決算委員会で取り上げるとか取り上げない問題だとかいうことにしたいということで、誠意を持った私は真心を持った行為をしたつもりでございまして、いまだにそういう点に対して私は正しいことをしたという信念を持っている次第でございます。時間等がございまして、あるいは法務委員会等の呼び出し等がございますれば、進んで釈明をいたし、またきのうおそく韓国から帰ってまいりましたために、まだその当時の記憶、それから記録等も調べてもございません。したがいまして、大筋を申し上げて私の立場を鮮明いたしたいと思う次第でございます。

○岡三郎君 時間がございませんので、この問題は法務委員会のほうで荒舩大臣の出席を求めてやるというふうな話にもなっておるように伺っておりますので、こまかくは申し上げませんが、いま大臣がしばしば述べられたように、決算委員長としてではなくて個人でやったということになるというと、これは政治姿勢の問題としてやはり問題点がここにあるのではないかというふうにも思います。これはなぜこういうことを聞くかというと、運輸省所管の各種の問題についてこれから最高責任者としてやられる大臣が、運輸大臣ではなくして、荒松個人として今後やられては、これは困ると思うのです。国会役員としての決算委員長というものは、荒舩大臣はどこへ動こうと、当時はあなたの背中か前かにはきちっとついていた。これは個人ということばではのがれられない問題だと私は考える。あくまでも決算委員長は決算委員長、運輸大臣は運輸大臣でありまして、これは今後の問題として、やはりそういう点についてはどういうふうに大臣は考えておるのか、各般の問題についてそれぞれ使い分ける問題があるのだと言われるのか、そういうところはやはり厳格に運輸大臣として、個人という問題についてはこれはとるべきではない、こういうふうに考えられておるのか。個人何がしというのはこれはずいぶん昔有名な話があったが、触れませんが、これは非常に問題があることばですよ。あなたが浪人して代議士をやめていられるなら個人荒舩清十郎でいいけれども、代議士として、決算委員長として、個人という問題はなかなか似つかわしくないと私は思う。今後そういうことで、運輸行政を万般つかさどっていこうという立場にある大臣として、こういう点についての政治姿勢の問題はどうですか。

○国務大臣(荒舩清十郎君) 私はあえて反駁する意味ではございませんので、御了承願いたいと思う。先ほど申し上げたとおり、これは延原何とかという人が正しいのか、田中君の調べが正しいのか、決算委員会で議論をする前に、決算委員会に正式な書類が出ておりますから、一応持ってきたブローカーが非常な私は疑惑のある人のように思えましたから、その決算委員会で正式に議論される前に、こういう問題は話し合ってみて、そうして不正であったら決算委員会でやろことはよろしいしというような意味で、実は個人の資格で参ったわけで、これは決して私は悪意の意味ではございません。また作為のあるものでもございません。なおまた、ただいま御注意がありました。まことにそのとおりでございまして、運輸行政は国のものでございます。あくまでも国民に納得できるようなことであり、しかも正しい運営が行なわれなければならない。そういう意味からいたしまして、私は毛頭も個人で運輸行政をやるというようなことは考えておらないのでございます。どうかその点ひとつ御理解をいただきたいと思う次第でございます。

○岡三郎君 時間がありませんので、いまの大臣答弁についてもなお質問したいことがございまするが、ただいまの点につきましては、大臣が言われるように、国会の決算委員長にいたしましてもこれは国会役員、大臣はもちろん国の大臣としての責任があるわけです。この点についてはいささかも狂いがないということを、これは信じます。また、それをわれわれも確認するわけです。要は、やはりこういう政治の一つの時点において、いろいろと国民的な不信の感情を抱かれているさなかにありまするので、われわれとしては、新大臣として、運輸行政全般について、国民的な立場、国の立場において努力せられることを期待するわけです。そういう点で、李下に冠を正さずというか、真剣にこういう問題については行動の中でひとつ御善処願いたいということをわれわれのほうも強く希望するわけです。で、この問題については後刻瀬谷君も触れられますので、問題は次に移ります。
 昭和四十年度の監査報告がい歳特別に提出せられていろいろと言われているわけですが、この中で、当初の運賃、貨物の収入等の見積もりがだいぶ狂ってきた。こういう点は、いろいろと経済の転換の中であることでございますが、そういう点で、国民的な責任において第三次長期計画がいま進行しつつあるわけです。しかし、いまの情勢では、かなり財政的に苦労が多いわけです。いま、なかなか当初の予定どおりにいくかいかないか、むずかしい問題なんです。そこで、国鉄のほうは運輸大臣に対して、この際、ききの運賃値上げの討論の中にあったように、国鉄は膨大なる借入金を抱いてその利息にも追われているし、国として、膨大なる資産の中において、明治以来わずかな出資しかしていない。これは希有なことであって、いまのような国民経済全般の中において公共性を強く言われている国鉄の立場としても、現状においてはこれ以上運賃の値上げ等は絶対にできない、またきせないというわれわれは観点を持たなければいかぬと思うのですが、そういうふうなことを考えると、先般国鉄のほうから運輸大臣にいろいろとこういうふうな点について言われていると思うのですが、まず冒頭に石田総裁にお尋ねいたしまするが、昭和四十年の決算を踏まえて、今後の第三次長期計画と国鉄の今後の運賃収入、貨物収入等の見合い等からいろいろと御苦労されておると思うのですが、この点について簡潔にひとつお答え願いたい。


○説明員(石田禮助君) お答えいたします。結論から申しますというと、第三次計画の完成に際しまして、二兆九千七百二十億というもので計画を立てたのでありまするが、それに対する収入の問題、これは例の基本問題懇談会の結論にもあり面するように、運賃の値上げというものは三割一分か三割二分でやるということを基礎に置いてやったのです。ところが、決定は二割五分ということになった。ここにまず大きな食い違いがあったということ。さらに、人件費の増というものは、われわれが考えていた以上のものになった。それからその次には運輸の収入でありまするが、これは運賃値上げによる傾向といいますか、確かに私はそういうものもあった。これは一時的のものであるか、ずっと将来に続くものであるかわかりませんが、これまでの傾向に見まするというと、やはりわれわれはこの点については安全の道をとりたい。それから運輸の収入の減ということにつきましては、これは衆気不景気ということも相当大きな原因をなしておりまするが、これは時の問題で、よくなると思いまするが、しかしそう楽観ばかりはできないんじゃないか、こういうふうに考えましたので、四十二年の予算の作成にあたりましては、ひとつ政府でもってこの際九百億の出資をしてくれということをわれわれはお願いして、ただいま大蔵省と交渉しておるのであります。これはやぶからヘビのようにちょっと見えますが、実はこの問題については、基本問題懇談会のときに、国鉄がこれまでに背負っておる公共負担から考えて、政府というものはこれまでのようなたった四十億の出資ということにとどまらないで、金額は忘れましたが、相当額の大きな出資はすべきものじゃないか、こういうことを基本問題懇談会でもうたっておるのでありまして、この際それに基づきまして九百億の出資ということになったのでありますが、この根拠は、国鉄というものは、岡さん十分御承知だと思いますが、三十二年から四十二年までの間において約六千億の公共負担というものを背負っておる。公共負担とは何ぞやといえば、要するに政府の施策というものを国鉄の犠牲においてやっているのが公共負担だ。それが四十一年におきましても八百五十億見当の公共負担になっている。すでにこういうことでもって、国鉄は政府のために犠牲になることばく大なるものがあるのだ。今日の国鉄の情勢にかんがみまして、政府は九百億くらい出資をしてもいいじゃないかということが私の考えです。で、大蔵省に対してそういうこどをお願いしておる次第でございます。

○岡三郎君 そこで、運輸大臣に聞きますが、端的に、時間がありませんので。いま言われたように、運賃値上げはそうそうできないし、いままで一次計画、二次計画の長期計画、これはやはり財政的ないろいろな条件で、かなり国鉄も誠意を持って努力してきたけれども、途中で変更せざるを得なかった。第三次長期計画の出発にあたって、今度はこれを狂わしたくない、これを確実にひとつ進行しだい、そういう点で早々非常に苦労な点にぶつかっているわけです。そこで、運輸大臣は、こういうふうな情勢のもとにおいて、社会開発とか、いろいろなことを言われていろけれども、国鉄というものについては、先ほど言ったような膨大な――といっても四十億程度のことしか考えていない。これは佐藤総理にも先般ずいぶん言ったのですが、この点は十分検討して何とかひとつその方向に逐次やっていきたいというふうな答弁があったというふうに記憶するわけです。運輸大臣として、いまの国鉄輸送、公共関係にかんがみて、国鉄のいまの点ですね、再び運賃値上げというものは許されない、これを受けてどういうふうに大臣としてはお考えになっておるか、このところをはっきりお答え願いたい。

○国務大臣(荒舩清十郎君) ただいま岡委員から申されたとおりでございます。現下の情勢からいたしまして、当面運賃の値上げというようなことはこの内閣においてはなかなか困難である。一面考えてみますと、人件費の非常に負担が多くなってきた。そういう問題及び、また車両も高くなります。諸般のいろいろの問題から非常に高騰しておるが、運賃はなかなか値上げができない。そこで、この国鉄経営は、ただいま石田総裁の言われるごとく、まことに国鉄という大きな部隊が容易ならざる苦心をしておる状況でございます。したがいまして、どうしてもいままでと違いまして、九百億ばかりのいわゆる出資を政府がすべきだという考えを私は持っております。これはでき得ればもっとよけい出してもらいたいというような考えも持っておるのですが、なかなかこれも、財政全般にわたりましての御承知のような状態でございますので、それ以上どうも出資をしてもらいたいというようなことはなかなか困難だと。したがって、そういう観点からいたしまして、石田総裁の言われるような線と全く私同感でございますので、こういう意味で金力をあげてひとつやってみたい、端的に申せばそういう決意でございます。

○岡三郎君 そうすると、端的に言うと、九百億の政府出資はもっともである、したがってそれに向かって大臣としては全力をかけてひとつその所期の目的を達成するためにがんばる、こういうことですね。

○国務大臣(荒舩清十郎君) そういうことです。

○岡三郎君 たいへんはしょりましたが、きょうは運輸大臣就任早々のことでありまするので、先ほど述べられた運輸行政全般についての問題はかなり多くあるわけです。国鉄の今後の第三次長期計画、特に過密都市における輸送の増強というものは非常に大きな問題だと思うんですが、こういう問題各般についてきょうは時間がありませんので触れませんが、政治姿勢を正す問題とあわせて、いま言ったような具体的な国民生活を何とか守る、こういう立場でひとつ強力なる施策を推進してもらいたい、これを要望して第一回の私の質問を終わります。

○瀬谷英行君 まず大臣にお伺いしたいと思いますが、十月のダイヤ改正で深谷に急行が停車することになりました。この問題がたいへんにいま話題となっております。しかしこの十月のダイヤ改正は、十月の時刻表を見ますと、すでに深谷に急行がとまるようになっております。これが巷間伝えられるように運輸大臣の特別の指示によるものなのかどうか。急行の停車駅は従来どのようにしてきめられていたのか。もし、すでに腹案ができておったにもかかわらず、大臣の特別の指示によって深谷に急行をとめたということであれば、それは国鉄として一体どのような観点でとめるようなことになったのか、運輸大臣並びに国鉄総裁それぞれからお答えをいただきたいと思います。

国務大臣(荒舩清十郎君) この問題は、もちろん国鉄自身がきめる問題でございます。端的に具体的に申せば、深谷市の駅勢人口というような観点からいたしまして、これは当然急行も何本かとまるべきだというふうに考えております。私はもっとこう具体的な話で埼玉県でございますから申し上げてみたいと思いますが、昭和三十一年三月から高崎、本庄、深谷、熊谷、大宮から上野を終点とする上りがございまして、午後に一本の上りでございます。それから昭和三十三年の四月から、上野を出発いたしまして大宮、熊谷、深谷、本庄、高崎というふうにとまっておった快速列車と称するものがございます。なお、昭和三十三年の四月から実は始発といたしまして、深谷市から七時十五分というのが出ておったようでございます。――先ほどの年月日違いました。上りが昭和三十一年三月からのようでございます。
 そういうようなことでございまして、前にも快速列車がとまっておりまして、なお始発も出ておりました。私専門家でございませんからよくわかりませんが、この列車が急行もとまりあるいは始発もあったことは事実でございます。で、それが昭和三十六年の二月ごろから、これが出なくなりました。ストップしなくなり、あるいは出なくなわました。私も埼玉県でございますから、しばしば、国鉄に何回も陳情をして、ぜひ、隣の本庄市は相当多数の急行がとまる、上りも下りもとまると、しかも本庄市は、四万六、七千の人口であり、深谷は五万七、八千でございまして、なお首都圏整備法による工場団地が設定されておる現状から見まして、ぜひ何本か、ひとつ急行もとめてもらうし、始発電軍も出してもらいたいということで、数回にわたりまして実は国鉄に陳情に代議士当時参りました。これはまあそれがいいか悪いかは別でございますが、どなたも同じ県人であれば、そういうようなことは頼まれたり、またやったりすることだと思う。いい悪いは別です。そういたしまして、たまたま、六月の下旬か七月初旬かと思いますが、もちろん運輸大臣になるとも私は存じてない、想像もしておりませんでした。陳情に参りましたところが、まあそれは昭和三十一年ごろからそういう陳情もあるので、今度はダイヤ改正のときにはまあ前向きで何本か相談いたしますよ、前向きで考えますよと、そのことばははっきりいたしませんが、そういう返事でございました。
したがって、これはもちろん運輸大臣がどうするというわけではございませんし、また代議士である荒舩がどうするという問題でもございません。したがって、私は六月の下旬か七月には、これはもう何本かとまるものだろうという想像はしておりました。
 新聞等によりますと、何か一つくらいおれの言うことを聞いてもいいじゃないかと言ったように新聞には出ておりますが、全くそういうことではございません。まことに私は、私の足らざるところ、また人格の足らざるところでございましょうが、誤り伝えられたといまでも信じております。そういう関係で、なお私が想像いたしますのに、実は特急、急行、準急等も増発され、それからまたそれに伴って駅勢人口の多いところ、あるいは旅客の多いところでは、何カ所も急行がとまるダイヤになるようでございます。したがって、こういうような点につきましては、たまたま私が運輸大臣になったからということでありまして、決して強圧をしたとか私がきめたとかという考えはございません。ことばのニュアンスにはいろいろ違いもございますし、私が運輸大臣になって埼玉県に帰ったときの発言したことに誤解があったようでございますが、いま考えても、深谷駅に急行が何本かとまるというようなことは国鉄自身がおきめになったことであって、私の代議士中に陳情したことがあるいはは功を奏したかしないかそれはわかりませんが、そういうことであって、誤解を生じたという点については私は遺憾千万だと考えております。
 以上私の考えを申し上げて答弁といたします。

○説明員(石田禮助君) 深谷の駅に急行列車をとめることにつきましては、これは運輸大臣からもただいま御説明がありましたが、要するにこれは運輸大臣から私に向かっての指示でもなければ命令でもない。国鉄総裁といたしましては、その希望に従って私の責任において決定したのであります。深谷というものは、これはただいま運輸大臣からも御説明ありましたが、人口においても相当のものであるし、その将来性から考えても相当のものだということは、国鉄としても承知しておったのであります。ただ問題は、これまでとめた駅と深谷との間の距離があまり短過ぎるというその他の点から考えまして、実はダイヤを編成するときに左すべきか右すべきかちゅうちょしておった。そこへ運輸大臣からの御希望があったのであります。実はこれまでに、これは新聞に出ておることでありまするが、もうすでに私のほうの今村常務が新聞に説明しておるのでありまするが、それまでに運輸大臣から四つか五つのいろいろ御希望があった。でもこれは国鉄としてははなはだ困ろということで実はお断わりした。そこでそのあとに深谷の問題が出てきた次第。これは理屈詰めにいけば断わるのがしかるべきだと思うのでありまするが、実はこれは情に流れて、私の責任においてこれを決定した、こういうことでありまして、もしも責任を問われるならば国鉄総裁であって運輸大臣ではないということを私はこの際はっきり申し上げる。ということは、これは新聞にありまするように、運輸大臣の命令であるとかあるいは指示だとかいうようなことは絶対ないのでありまして、その点は私はこの際はっきり申し上げておきたいと存じます。

○瀬谷英行君 問題になったことは、運輸大臣が、一つぐらいおれの言うことを聞いてもいいじゃないか、こういうふうに言って、国鉄の幹部が大臣の顔を立てて計画を変更したのじゃないか、こういうふうに勘ぐられたわけですよ。そのように思われたから、そういうことはけしからぬじゃないかということになったのですね。で、いまお聞きすると、この深谷にとめるということ自体は特別に横車というふうに考えるわけじゃない、在来考えていたことではあるが、しかし運輸大臣から希望があったので、そこでまあ国鉄総裁の責任においてとめた、こういうふうに言われるわけです。同じ問題を荒舩さんが代議士のときに陳情したときには、そういうものはまあ受け付けなかった。ところが、大臣になって希望をされたときには、総裁は情に流れてとめるようになったのだ。いまの言い方は、それは新聞に報じられた言い方と多少違っておりますけれども、結果的にはどうもあまり違わないような印象を受けるわけです。何か情に流れて大臣の希望があったからとめたんだと、こういうふうに受け取れるわけですね。だから、もし深谷にとめたということがよくないのだということであれば、これはあやまらなければいかぬわけです、総裁が。正しいということであれば、たまたま考えておったことと大臣の希望とが合ったのだということになるわけです。総裁の答弁もちょっと歯切れが悪いですな。どうも何かあっちこっちで旅先で言われたことといまのことばとは、表現が多少違っただけで意味は同じように聞き取れるのですが、どうなんですか、それは。

○説明員(石田禮助君) 大臣が私に対して、直接じゃない、これは今村常務を通して申したのでありますが、一つくらいはいいじゃないかと、こういうことを私は聞いておる。これは何か新聞社がちょっと筆を走らしたせいじゃないかと思いますが、私はそういうことは知らぬ。いずれにしても、私としては、こういうことで大臣から希望があったがどうしましょうかという、いままでいろいろ御希望があったのだが、それを拒絶した手前、一つくらいはよかろうということで、これは私は心底から言えば武士の情けというかね。これははなはだどうも国鉄の犠牲においてそういうことをやったということは私の不徳のいたすところだと思いまするが、とにかく何となくそういうことになったという、こういう次第でありまして、この点はどうぞ瀬谷さん御了承願いたい。

○国務大臣(荒舩清十郎君) 聞きようでございますので、ちょっとニュアンスが違うように思うのですが、私は運輸大臣になってからこれをぜひとめてもらいたいということを言った覚えはございません、一ぺんもございません。私は五、六回国鉄には陳情を代議士の当時は――前にもいわゆる快速列車がとまっておったのだから、その後も人口が埼玉県としては一番増加をして大きな町になってきたのだから、ぜひとめてもらうようにお願いしたいということは、代議士当時五、六回陳情に参りました。その最後の陳情のときに、実は六月下旬か七月早々と思かますが、さっき申し上げるように、運輸大臣になるとも夢にも思いませんで、ぜひ頼む、前にとまっておったのだから頼むというときに、前向きにひとつ検討しましょうよということであるので、まあ何本かきっととまるのだなというその当時確信を持っておりました。たまたま運輸大臣になりまして、埼玉県からいろいろなことでお祝いがてら陳情が参りました。陳情というより、お祝いに参りました。そのときに数十人参りまして、あの問題もう一ぺん聞いてもらいたいという話でございますが、運輸大臣としてはそういうこどは言えない、こう言って私は返事をいたしました。ところが、ちょうどそのときに国鉄の今村常務が私の部屋にお祝いに、またほかの人も幾人か参りました。一緒に参りまして、ところがそのお祝いに来た人が一ぱい私の部屋におりまして、あれはどうなりますかと、こういうことを市長あるいは議長等が言われたようでございまして、私がそのときに、まあそんなくどいこと言わないでも、もう七月早々に決定があるようだから、そんなくどいことは言わないほうがいいよという話しましました。しかしそのときに、まあ何か前向きにということであるからおわかりでありましょうということで今村常務もお帰りになった。私は運輸大臣になってからこれを頼むとか、ごれをやってもらいだいとかいうようなことは一言も申しませんでした。
 なお、誤解があるといけませんからつけ加えて申し上げますが、実は運輸省に入る前に、深谷駅の急行の問題等で、重ねて高奇線を何とか複々線にならないものかと、あるいは都市交通というものをもう少し何とか優先的に考えないものかという意味のことは国鉄にもしばしば陳情をいたしまして、そういうことを代議士当時に陳情したりなんかしたものですから、それが何か残って誤解の種が大きく浮かんだんだと思うのでございまして、何か総裁――石田さんと食い違いがあるようでございますが、実際はそういうことでございます。

○瀬谷英行君 問題は大臣になった――運輸大臣のツルの一声でまっすぐなやつも曲げられるんじゃないか、こういう印象を与えたことが一番私は問題になっていると思うんです。だから、そういうことがはたしてあったのかなかったのか、今後あっていいのか悪いのかというのが、運輸委員会としては問題にしなきゃならぬところなんです。で、お聞きしますと、大臣になってから深谷に急行をとめてくれということを頼んだ覚えはないというふうにいまおっしゃいました。代議士のときには何回か頼んだ、しかし大臣になってからは頼んだ覚えはない、こういうふうにおっしゃった。ところが総裁のほうは、武士の情けでと、こういうふうに言われたわけですね。頼まれないけれども武士の情けでというと、ずいぶんこれは情け深い話です。それほど石田総裁が情け深い方だと私思わなかった。もしも深谷に急行をとめるということが正しいのならば、大臣が頭を下げたり、国鉄の総裁が旅先で遺憾の意を表明したりする必要は私はないと思う。ところが、九月五日の記者会見で荒舩大臣は、一代の不覚であると、こういうふうに言って頭を下げたということになっておる。新聞に非常に大きく出ております、いろんな新聞にね。男一代の不覚であるとかなんとか、非常にオーバーな表現で書いている。その一代の不覚であったということであれば、急行をとめたとかとめないとかいうのは簡単なことなんですからね、とめるものをとめないようにするなんてことはわけのないことで。だからそれを再検討させるということは私はできるんじゃないかと思うし、国鉄総裁が旅先で、どうもはなはだ遺憾であるという意味のことをこの記者会見で、あなたはまた別のところで言っておられる、四国か九州かあっちのほうで。それが新聞に出ております。はなはだどうもおもしろくないかのような言い方なんですね。こういうことはあっちゃいけないかのような言い方をしておられる。旅先で言われたことは一体どういうことなのか。今度の問題と関係がないとは言えないんです。だから、この点がどうもやはり総裁の答弁と大臣の答弁とが合ってないですよ、率直に言って。だから、もう一度その点を、国民に疑問を与えていたならば、その点を釈明するようにはっきりさせてもらう必要があるんじゃないかと思う。

○国務大臣(荒舩清十郎君) ただいまの一生の不覚であったということに対して私は申し上げたいと思いますが、実は新聞にこんなにじゃんじゃん出たということが一生の不覚であったと、世間を騒がせたということが一生の不覚であるということであって、それからまた国鉄その他に与えた影響というようなことも、これはこういうことだと思うのです。さっき申し上げたように六月の下旬から七月早々でございますので、それから私が運輸大臣になりましたのが八月の一日で、時間がない、ごく短い時間ですから、それが一緒くたになって、あるいは今村常務から総裁に伝わったことばが、私が運輸大臣になってから伝わったことばであるかもしれませんし、そこらに非常なこの問題に誤解を生じたという点、まことに一生の不覚であった、こういうことでございまして、深谷駅自身に急行がとまったということは、これは国鉄自身が決定する問題でございまして、これは私は武士の情けでもないと思いますし、当然やるべきことをやったのじゃないか、こう思われるのじゃないかと思うのです。いずれにいたしましても、私はあれほどマスコミにいろいろ書かれるということは一生の不覚であったということだけは、はっきりいまでもそう考えているわけでございます。

○説明員(石田禮助君) この問題につきましては、私は大臣と直接に折衝したわけでも何でもありません。今村常務から聞きまして、それでまあいいだろう、このくらいのことはひとつやりたまえ、こういうことを申したのでありまして、今村君の話によるというと、まあその前に幾つかの問題がありましたが、これはせっかくだが大臣の希望をいれるわけにはいかぬ。しかしこの問題については、これはそんな絶対にやっちゃいかぬということでもないしというようなことですから、それならやってもいいじゃないか、こういうぐあいに私はきわめて簡単明瞭に今村君に指示したわけでございまして、実はそのときにはすでにダイヤというものはもうきまっておったのであります。それを改正するというようなことになった次第であります。

○吉田忠三郎君 関連。運輸大臣、どうもあなたの同僚瀬谷委員に対する答えを聞いていますというと、何か三百代言がものを言っているような感じがするのです。ということは、いやしくもみなたは佐藤内閣の一閣僚でありますから、閣僚として、やはり運輸大臣としては私は責任を負わなければならぬと思う。そういう立場からあなたは世論というものをどうながめているか。新聞はどこかの新聞なんとかと言っていますけれども、ここにいろいろありますから、ひとつあなたのやつを読んでみます。運輸相が首相に釈明をした――かなりのものに出ていますよ。これは一億国民みな見ているわけです。この新聞は、それは九月の六日ですよ。そうして、急行の政治停車、このことで運輸相が総理大臣に釈明をした、ずっと書いていますよ。そこには一世一代、かんべんしてくれなんということは書いていませんが、ちゃんとしたこと書いています。それからその最後に、総理大臣としては、あなたが閣議でもそういう発言をしているらしいから、政府の見解としては、すみやかに国鉄の石田総裁を呼んで報告を求めて、実情を厳正に調査の上、この問題に対する政府の見解を明らかにする――これは九月の六日です。そのときに同じく国鉄の総裁が、これは九月の四日の夜に「朝日」の新聞記者との会見をいたしております。これは間違っているなら、石田総裁から答えられるでしょう。そのときの石田総裁の発言は、彼も政治家なんだから、こういう言い方をして笑い飛ばしている。笑ったか笑わぬか私はその場にいないからわかりませんがね、これは。そうして筋を通しまして総裁がこの問題について――いろんな問題を国鉄の総裁まで苦労してやってきたわけですから、公約をしてきたわけですから、筋を通してやったらどうなんだ、こう言ったら、最近私もものわかりがよくなったから、こう言って、これまた笑い飛ばしている。こういうことからいろいろなことが書かれてきて、荒舩さんよく聞いてください。「大臣名改正の件、今後運輸大臣を深谷大臣と改称する――内閣告示、東京・やの字」というのが「かたえくぼ」という欄に出ている。もはや落語のネタになっているのですよ。落語の何とかというやつは東宝名人会でやっておりますよ。すべて国民は聞いているのだ。こういう世論はあなたはどうお考えになるかということ。
 それから私はおととい、「週刊文春」、きわめてきれいなのが載っておりますが、これを見るために私は買ったのじゃない。この二十二ページに「荒舩大臣――涙の急行列車」、歌の文句のようにここにも書いておりますぞ。これにも御自慢り代議士ソング第一号何とかというのが書いてあって、ソングに似たようなタイトルで出ております。「非難が集中してアタマをかかえる運輸相」――こういう見出しで、中身を読んでみますと、やはりあなたが答えたような内容になっていない。内容になっていないということはどういうことかというと、若干いまあなたも認めたように幾つかの要求をしておったのだ。幾つかの国鉄に対するあなたは要求をしておった。あなたも言っているように、その要求は、事のよしあしは別です。別ですが、「これくらいは認められないか」と言ったことは事実です。事実なんだ。それを踏まえて、今村常務が結果的にはあなたに屈服した、この真相だけは私は明らかだと思う。それならそれのように、あっさりそういうことを自今やらないとか何とか言うべきじゃないですか。この内容は、まっかなうそだということにはなっていない。これは私ばかりではなくて、一億の国民がそう信じ切っておると思うのです。こういうものを見たときに、どうなんですか、これは。

○国務大臣(荒舩清十郎君) いろいろ御意見があるようでございますが、私は総理に、こういうふうにいろいろ新聞に書き立てられて、こういういろいろ騒ぎが出たことはまことに申しわけないということを総理に陳謝いたしました。それは事実でございます。しかし、いまの新聞やあるいは雑誌に出ておる等の問題については、私はそう考えておらないのでございます。決して国鉄に強圧的なことばを使った覚えはございません。なおまた、幾つか問題といっても、それは大きな問題であって、これは運輸大臣になってからでなくて、実は議員の当時、たまたま陳情に行って、私、この高崎線の複々線というような問題は、ひとつもっと何とかスピード・アップしてもらう方法はないか。あるいはまた高崎線、八高線というような問題等も、実は回数も少なくて困っているという陳情はいたしました。それは議員当時でございまして、その後において、私は運輸行政全般にわたってでございまして、一埼玉県のことや何かのことを主体に考えて発言していることはたぶん一ぺんもございません。これだけはひとつ私は釈明をしておく次第でございます。なおまた、よきにあしきに、いずれにいたしましても、こういう問題が提起されて、国民全体にいろいろな疑惑を生じせしめたということは、これは申しわけない、遺憾千万であるというふうに考えておりまして、今後は大いに言動にえりを正し、そうして間違いの起こらないような発言をしたい、こういうふうに考えております。

○吉田忠三郎君 だいぶあなたは、釈明、弁解は何回されてもいいのですが、あなたは運輸大臣になったのは八月一日です。いいですか、それから国鉄の当局から私はその関係で聞きました。その聞いた範疇では、私はこれは正しいと思う。その範疇では、七月の下旬の高崎の管理局のダイヤ編成会議でこの問題はきまっている。ここに問題がある。そうしてあなたは、大臣になるや、八月の中旬にあなたは帰ったでしょう。帰ってすぐテレビで見ておって驚いた。何をやろうと自由かもしれないけれども、あなたは街頭でやったでしょう。あなたの演説を間接的に聞いておったのです。その演説で、「人口五万五千人の深谷市の表玄関に急行がとまらないのはおかしい。ぜひ急行がとまるように話しておく。このくらいのことが聞けないなら、国鉄から何を頼まれてもウンといわぬ」「ちょっと長くなるが、もう少し続けよう。」という、このあとが問題なんです。「そこで皆様、非常にいいお知らせがあります。この十月にダイヤ改正がありますので、その際深谷駅に急行を午前二本、午後二本停承させるよう国鉄に指示いたしました。決定いたしました。約束させました」、こういうことで、地元民にあなたは拍手かっさいされた事実がある。この事実はあなたは否定できないと思う、テレビで出たから。そういうことが、先ほど来言っているように、すべてテレビなり、あるいは週刊誌なり、このように連日あなたは、田中彰治の問題も出るけれども、あなたの問題が出ない日はない。最近、カラスが鳴かない日はあっても、あなたの問題は出ている。こういうふうに国民全体が、荒舩運輸大臣というのは、ひいては佐藤内閣の政治姿勢というものはこういうところにあるのだという疑問を抱かせたこと自体には間違いないでしょう。この点についてあなたはどう考えますか。

○国務大臣(荒舩清十郎君) いろいろなお考え方はあるし、まさにそのとおりであろうと思います。しかし、私が深谷に参りましたときに言ったことばで、国鉄の問題をもう聞かないのだとか、やれ何とかいうようなことは一言も言いません。六月の下旬か七月早々に、前向きというような話があって、まあ四本ぐらいというようなことは非公式に聞いたので、四本はとまるなという感じを、運輸大臣になる前から私はそういう信念を植えつけられておりました。したがって、そういう意味のことは言いましたが、国鉄自体が何を言ってきてももう聞かないのだというようなことばは全然使っておらないと思います。それからまた、いまお話しのように、いろいろ誤解もあり、また私の言動に遺憾な点もあったかもしれませんが、将来に向かいまして、個人の運輸省ではございません、国の運輸省でございますから、これは歴然とえりを正して進みたい、こう考えております。

○相澤重明君 関連。一カ月ばかり留任にしておりましたから、少しものを言わせてもらいたい。
 今度の急行深谷駅停車の問題は、荒舩さんが大臣になって、政治歴も古いし、ベテランでもあるし、そういうことについては全くむしろ私は同情しているわけです。しまったなと私は思っております。歴代の大臣で、鉄道大臣でも、小川平が電車をとめたということ、伴睦一たびほえれば新幹線に駅をつくられた。あなたは三代目です。そういうことで、せっかくいままで長い間の政治.歴を持ち、国会のベテランと言われたあなたが急行をとめることに成功した。地元民はそう思っている。しかし、その反面に、運輸大臣になったから急行がとまったのだ。しかし、通勤通学の者はどうなるのか、急行がとめられるために、その前後は影響を受けるのじゃないか、こういうことを――私は実は、きょう、いま帰ってきたのです。伊香保へ行って帰ってきた。聞いてみるというと、実は大臣は急行をとめてくれたのはいいけれども、通勤通学する者は一体これからどうなるのか、国鉄というのは、偉い人が話をすれば、そうすれば汽車をとめてくれるのか、しかしいい人はいいかもしれぬけれども、その陰に泣く者は一体どうなるのだ、こういう点を私は耳にしたわけです。私九月一日にソ連から帰ってきて、忙しく決算委員会で大阪まで行って帰ってきて、すぐ伊香保まで行ってきた。行ってみるというと、そういり多くの通勤通学者の話を聞くわけだ。そうするとね、なるほど総裁のことばを聞いていれば、まあいいだろうと、こう言う。まあいいだろう、まあいいだろうで国鉄の運営が成り立つなら、まあいいだろう。そんなものじゃないだろう。私はもっと国鉄自体の運営について確信を持って仕事をしなければいかぬと思うのですよ。それは石田総裁は近年にない名総裁である。ものも言ってくれる、国鉄職員も喜んでいる、労働組合も当局もみんな藤んでいる、財界も喜んでいる。だから何言ってもいいということにはならぬぞ。そんなふざけた話はない。やはり国鉄の経営というものを委任をされたならば、えりを正して、そして正しい道をやはり進めていくのが私は総裁でなくちゃならぬと思う。まあいいだろうなんという話はないよ。そういうふざけた答弁を国会でするなんというのは、もうすでにたががゆるんでいる証拠だ。おれがやらなければだれも総裁やらないだろう、できないだろうというようなことはね、全く僭越しごく。国民の中にはそんな一人じゃない。私はこんなにおこりたくないのだよ。信頼する総裁だから、おこりたくない。おこりたくないけれども、そういうふざけた答弁があるか。ましてや、今村常称がきめて、そして総裁にも報告をされたし、運輸省にも報告された、こういうようにとれるわけだ。そこで私は運輸大臣に、そういう話であるならば、せっかくあなたの選挙区の人たちは喜んでおるのだけれども、この上等列車を使えない通勤通学で困っておる輸送の緩和をどうしたらいいかということがいまあなたの一番悩みでしょう、一審悩みですね。そうでなければ運輸行政できない。その最も至難な運輸行政をあなたがいま担当されたのでありますから、私はこのことを考えるならば、急行を午前午後二本ずつ四本とめるとおっしゃるが、その点について、ダイヤの点について、通勤通学のことをひとつ頭にいま一度私は描いてもらいたい。そのお考えがあるかどうかということをひとつ聞いておきたい。

○国務大臣(荒舩清十郎君) たいへん切実なお話を承って、私もほんとうに心からそういう気持ちでおります。都市交通の問題等につきましては、私が申し上げるまでもなく、世界中にこれだけ込む汽車、電車はないと思い讃す。特に私は、この込む電車、汽車に乗っていただく通勤者が、ほんとうに日本の国力を培養する土台石になってもらう人たちであるのでございまして、この問題に対しまして、いろいろやってみますが、なかなかこれは予算との関係もございまして容易ならざる事柄でございます。東京だけでも千百七十六万人を毎日運ぶのでございまして、これは国鉄当局も容易でございません。また、運輸省といたしましては、これに全力をあげなくちゃならないと考えております。したがって、いろいろな考えを国鉄及び私鉄会社とも相談しつつ、もっともっとひとつ前進していくように、またこういう人に込み過ぎて御迷惑のかからぬように、またこれによって事故の起こるようなことのないように、こういう点に十分あらゆる努力をいたしまして邁進していきたいと考えておる次第でございます。

○相澤重明君 石田総裁は経営の合理化あるいは輸送力増強ということで頭を痛めておる。私どもが国鉄の現場におるときには、汽笛一声鳴れば幾らかかるということや、電車が一体一度ブレーキをかけたらどのくらいの金がかかるということを計算をしたのだ。急行がとまれば、いわゆるその線路においてどのくらいの他の列車、電車に影響があるということを考えているわけです。それを私は先ほど端的に通勤通半の間籾を話した。運輸大臣のいまの答弁非常にいいです。運輸大臣は私の言ったことを誠意をもってお答えになったから、おそらくその通勤通学のことをこの線区においても私は考えると思う。あなたの善処を私は期待をしておきますよ。
 そこで、総裁に聞いておきたい。私がかってですね、私はまあ選挙区が違いますね。運輸大臣は埼玉県で、私は神奈川県だ。神奈川県の最も重工業地帯の通勤通学の多い川崎にですね、もう過密ダイヤで困っておるから何とかこれをひとつ改善をしてくれぬかという陳情を神奈川県の国会議員全員が運輸大臣に陳情した。何と言ったのです。今村常務は、金がないからそういうことはできませんと言った。しかも今日はだ、今日国鉄当局の言っておるのは何か。金がないから地元の川崎で金を出しなさい、神奈川県が出しなさいと言っておるじゃないですか。急行をとめるどころじゃない。湘南電車を全部とめるのだってなかなか問題だ。あなたの言う深谷の町は五万五千か六万か知らぬが、川崎の人口はいま八十五万だ。毎日十万、十五万の労働者が通っておる。通勤通学の人がおる。国鉄は金がないからそれはできませんとこう言っているじゃないか。陣笠が言うことなら言うこと聞かないで、大臣の言うことなら言うこと聞くというのが、まあいいだろうということばか。私は総裁に聞きたい。あなたが信頼する今村常務が言ったから、まあいいだろうと、あなたはこう答えた。その今村常務は何と言っておる。これだけ困っておる、朝晩乗り切れない人たちがおるこの京浜重工業地帯ののど首で、金がないからそういうことはできませんと言っておるじゃないか。そういうふざけた話があるか。そういうことを、総裁小田原にいて、そうしてたまには家にも帰るだろう、公館にばかりいるわけじゃないのだから。全国も見て歩く。私も実は、あなたが大阪に行ったときに、あなたが大阪の府庁で左藤知事といたときに、あなたの隣の部屋に決算委員会で行っておったから知っておる、全部。しかし、今度のこの話だけはだね、あまりにも人を小ばかにしたやり方じゃないですか。国民をばかにした政治というものはこんなものかという信頼をされない政治の方向を出したのが今度のやり方ではないか。私は佐藤内閣のためにもきわめて気の毒だと思う。荒舩運輸大臣のためにも気の毒だと思うのですよ。石田総裁は、私の責任でやりました。あなたの責任でしょう、国鉄総裁だから。しかし、あなたの責任であるというならば、そういうことをあなたは聞いてますか。十万、十五万の労働者が、通勤通学者ですよ、乗り切れないで困っておる。それが、金がないから今後三年も五年もできませんということを言っておる。あなたのほうで金を出しなさい、地元で金を出しなさい、地元で金を出せばやってやりましょうと言うのだ。そういうふざけた話があるか。私は今度のことそんなにおこりたくなかったけれども、あまり人を食りたような話で、しかも答弁を聞いておれば、いいだろうくらいな、いいだろうというそんな話は、私は、その急行を停車すろとか、あるいはどこに上等列車をとめるとか、通勤通学をどうするかということで頭を悩ましているいまの国鉄当局が、あるいは運輸省全体が、この真剣に取り組んでおる国会にそういう答弁されたのじゃ、黙っていられない。ついでかい声でおこりたくなっちまう。私は自分でいやというほどそういうことを知らされておるし、やってきておるから、私は言っているのですよ。総裁はどう考えますか。あなたのひとつ答弁を求めましょう。

○説明員(石田禮助君) 相澤さんは私がいいだろうというようなきわめてふざけたことを言ったということで非常に御立腹のようでありますが、これは私と今村常務との間の話であります。決して国会でもっていいだろうというようなことを言った次第でもない。要するにイエスかノーかということなんです。イエスということを訳していいだろうと、こういうことなんです。この点はひとつ相澤さんは、決して私がこの問題を軽々に処理したというようにお考えにならぬようにお願いしたい。実は、一体この急行列車をとめるかとめないかということの問題の前に、運輸大臣から――これは私は運輸大臣になられる前のことだと思う――第一は八高線のダイヤの改正であります。つまり、あそこは非常に込んでいるからこれを何とかしてくれないか、こういうお話があった。しかし、これは車がないからして、ひとつ車ができるまで待っていただきたい、そのときひとつ検討いたしましょうと。その次には、東北線の通勤問題。これは私は、運輸大臣の弁解をするわけじゃありませんよ、ただこういう事実があったということを申し上げるだけです。一つは「深谷からひとつ始発の通勤列車を出してくれぬかと言った。これはダイヤその他の問題からいってできませんと、こういうことで返事したという今村君の説明です。第二は、新駅を一つつくってくれ――これは選挙区における新駅じゃない、選挙区外の新駅。この点はひとつ誤解のないように。これはひとつ検討してみますがどうもちょっとむずかしいということで断わった。第三は、いまのこの深谷駅にひとつ裏口をつくってくれ――これもどうも金がかかる、われわれはそれほどの重要さを認めないからしてこれは困りますということで断わっておる。こういうようなことで、断わることは断わっている。ただいい.だろうというような、ちょっときわめて軽くやったことじゃない。こういうことは、ひとつ相澤さんよく御了解願いたい。断わることはちゃんと断わっておるのだから、国鉄の責任において。
 それから川崎駅の問題でありますが、これはテクニックの問題になりますから副総裁から……。

2021年5月4日火曜日

桜木町事故に関する国会審問の議事録 第4回

 

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**********************桜木町事故国会審問の議事録***********************

○篠田委員長 それであなたは発火すると同時に、今言つたようにパンタグラフをまず下げた。そうしてみたところが火花がなかなかおさまらないので、うしろを見たところが燃えておる。そこでこれはいけないと思つてドアをあけるために、またパンタグラフを上げてスイツチを押したけれども、パンタグラフが途中でひつかかつたかどうかしてあかなかつた。
○中村証人 スイッチでなくてひもであります。
○篠田委員長 ひもを引いたところがあかなかつた。そこで自分は外へ飛び出して、うしろのドアをあけなかつたわけですね。運転手の部屋と客室とのドアをあけないで飛び出したのだが、それに間違いないですね。
○中村証人 間違いありません。
○篠田委員長 そのときに――あとの祭りだが、ドアをあけるのに気がつかなかつたのだね。
○中村証人 あけてもだめだと思いました。そこのところははつきりわかりませんけれども……。とにかく自分としては瞬間的に中に入れないと思つたので、うしろからまわつてあけようと思つたのです。
○篠田委員長 逃げるつもりではないのだね。
○中村証人 そういうわけではありません。
○篠田委員長 車掌がスイッチを扱つたけれどもドアがあかなかつたというのは、証人が切りかえスイッチを切つたためだというのだが……。
○中村証人 それはどういうわけですか。切りかえスイッチを切つても電源があればあきます。
○篠田委員長 それはパンタグラフが下つてしまつているから、電源がないからあかないというわけかね。
○中村証人 そうです。
○篠田委員長 シヨートして電車が燃えておつても、電流はまだ通じておつたのではないかね。
○中村証人 通じておりました。
○篠田委員長 電車の方には電流は通じておつたけれども、スイツチの方には電流は通じてなかつたというわけですか。
○中村証人 それは技術的な問題になります。
○篠田委員長 片方はどんどん燃えておるが、電流は通じていたわけですね。
○中村証人 シヨートしておると、そこでもつて電圧というものは、ほとんどゼロに近い程度になつてしまいます。
○篠田委員長 自然に燃えているわけだね。
○中村証人 自然でありません。
○篠田委員長 どんどん電流が入つて来たのじやないか。
○中村証人 入つて来ております。
○篠田委員長 言いかえれば電車の方は電流が入つておるのだね。
○中村証人 電車の方じやありません。
○篠田委員長 どういうわけで。
○中村証人 結局アースしてしまうわけです。
○篠田委員長 アースしてしまえば、電車が燃えないわけじやないのですか。そうじやないのですか。
○中村証人 最初の……。
○篠田委員長 だから電車を通じてアースしているわけか。
○中村証人 アースでありますが、どういうぐあいにアースしたか自分としてもちよつとわかりません。
○篠田委員長 結局電車を一つのあれとして通じているわけでしよう。電車を通じて燃えているわけでしよう。
○中村証人 はい。
○篠田委員長 その電流はあなたの開こうとするスイッチの方には来なかつたというのですね。
○中村証人 自分の言うことですか。
○篠田委員長 スイツチのところへ電流が来ていればあなたがボタンを押してもあくわけでしよう。
○中村証人 そうであります。
○篠田委員長 それがあかないというのは、あなたの押そうとするスイッチの方には来てない、しかし燃えている電車の方には電流は依然として行つていた、こういうことでしよう。
○中村証人 そうであります。
○篠田委員長 あなたがうしろへまわつて行つたときに、うしろの窓からお客が出ようとしていたわけでしよう。
○中村証人 そうであります。
○篠田委員長 それを何人かひつぱり出したか。
○中村証人 ひつぱり出しました。
○篠田委員長 何人くらい。
○中村証人 自分が連結器に上つたときに、そのときに一両日から二両目へ出て来たのであります。
○篠田委員長 うしろのドアからガラスか何か破つて出ようとしているわけか。
○中村証人 そのときに、自分としてもはつきり記憶がないのであります。
○篠田委員長 ドアはあいていないんごしよう。
○中村証人 結局窓のところです。
○篠田委員長 窓を破つて出て来ようとしたのかね。
○中村証人 はい、それをひつぱり出したのです。
○篠田委員長 何人くらいひつぱり出した。
○中村証人 自分としてもはつきりわかりませんけれども、四、五人くらいと思つているのです。
○篠田委員長 あとはどうしてやめたのか。
○中村証人 結局火災がどんどんうしろへ来てしまつて……。
○篠田委員長 うしろへ来てしまつて……。
○中村証人 連結器まで来てしまつたからです。中が結局煙と火とでわからないのです。​​​​

2021年4月29日木曜日

桜木町事故に関する国会審問の議事録 第3回

 

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**********************桜木町事故国会審問の議事録***********************

○篠田委員長 そうしたらあかなかつたというのだな。
○中村証人 まだそつちの方は話していないのですが、それで運転室の自分の方の貫通ドアをあけて飛び降りて山側へずつとまわつたのです。それから一両目と二両目に行つて、一両目の連結器の上に足をかけて、その連結器の上に上つて、一両目に入ろうと思つたのですが、そこはちよつとはつきりいたしませんけれども……。
○篠田委員長 あなたはあける努力はしたの。こつちのドアをあけようとしたのですか。
○中村証人 とにかくはつきりしないのですけれども、そのときたしか一両目と二両円のところから人が出ておつたのです。人が出ておつたので、結局そこの連結器の上におれば危険だと思つて、ニ両目の方を見たら、非常に騒いでおる。ニ両目のお客がガラスやなんか割つて非常に混乱状態だつたのです。
○篠田委員長 二両目に火がついていたのかね。
○中村証人 まだ当時はついていなかつたと思います。それで二両目を見たら非常に騒いでいる。その二両目の方に若本気をとられて、二両目のドアをあけなければならぬ。二両目のドアのコツクがありますが、そのコツクを四、五箇所あけたと思います。そうしてドアを二枚か三枚自分はあけたと思うのです。
○篠田委員長 しかし燃えていない方のドアをあけて、燃えておる方のドアをあけないのはおかしいじやないか。
○中村証人 そのときには燃えている方から燃えない方に人が移つて来ました。たしかそのときにはあけられなかつただろうと思います。
○篠田委員長 その間のいきさつははつきり記憶はないわけだね。
○中村証人 はあ。
○篠田委員長 そうするとそういうときの教育は、さつきも言つたように全然鉄道―今は国有鉄道だが、前の鉄道省としてはしてないわけだね。
○中村証人 ありません。
○篠田委員長 しかしドアというものは中からだけあけるようになつてないで、そとからあける方法がついてあるんじやないの。
○中村証人 あります。
○篠田委員長 それをどういうわけであけない。
○中村証人 結局自分としては中へ入らなくてはならないものだと直観的に思つたわけです。気がつかなかつたのです。
○篠田委員長 ほかのそとにいた駅員とか何とかいう者は、どうしてそとからあける措置があるにもかかわらず、それをあけなかつたのか。
○中村証人 わかりません。
○篠田委員長 三方コツクというのはそとからあける措置でしよう。どういうふうになつているの。
○中村証人 三方コツクもたくさんあります。
○篠田委員長 そとからもあけるようになつているの。
○中村証人 なつております。
○篠田委員長 それはどういうの、ボタンか何か押す……。
○中村証人 いえやはり同じこういうコツクです。
○篠田委員長 それをあければそとからあくんだね。
○中村証人 あくというのではなくて、結局エアを全部切つてしまうのです。
○篠田委員長 だからエアを切れば自然とあくんだろう。
○中村証人 自然とあくんじやなく、やはり手でひつぱるのです。
○篠田委員長 エアでドアを押えているから、何ぼひつばつてもあかない、エアを切つちやえばあくんだろう。
○中村証人 ひつぱればあきます。
○篠田委員長 それはどういうわけでだれもあけなかつたか。あなたはあがつていてそれに気がつかなかつた。車掌は最後まで腕を組んで燃えておるのを見ていたというのだけれども、あなたは確認しなかつたのですか。
○中村証人 車掌のことは全然わかりません。​​​​​


 

2021年4月26日月曜日

桜木町事故に関する国会審問の議事録 10-衆-行政監察特別委員会-8号 昭和26年05月21日 第2回

 


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*********************桜木町事故国会審問の議事録************************


○篠田委員長 もう少し、事故か起つてからあなたが車外に飛び出すまでの状態を詳しく話してください。

○中村証人 はい。結局、火花を発したので、すぐ非常制動機をかけました。非常制動機をかけると同時に、パンタグラフを降下する手配をとりました。それで電車が止つてから、パンをおろせば通常はアークが全部とれるわけですが、ところが一向にいつまでたつても火花がずつと出たままなんであります。そこでいつまでたつても、そこのところは何秒くらいたつたかちよつとはつきりわかりませんが、それから今度ドアをあける手配をとりました。

○篠田委員長 ドアをあけるというのは、ボタンを押して……。

○中村証人 そうであります。結局ドアをあけるというのには、パンタグラフを再び上昇させて、パンタグラフを上昇させるためにパン上昇用のひもがあります。そのひもをひつばつたのであります。電車のパンタグラフの電磁弁を押せば、その車が上つておればあくわけであります。そこの操作はちよつとはつきりいたしません。自分としてはやつたつもりでおります。

○篠田委員長 それであかないから飛び出した。

○中村証人 それで今度はパンを上げてから車掌スイッチをあけて、ドラムスイッチを後位置にすれば、パンがついていればあがるわけなんです。それは車掌スイッチを先にやつたか、ドラムスイツチを先にやつたかはつきりいたしませんけれども、とにかくやつたところがどうしてもあかなかつた。それからどうしてもだめだと思つたので、今度はうしろから運転台と客室の貫通ドアをあけようと思つたのですが、結局入口の方から火が猛烈に吹いているので、中へとうてい入れないと思つた。それで運転台の腰かけの上へ上つて、ドアをあけて飛び出したわけであります。

○篠田委員長 その客室のドアというのは、君の方からしめてあるのではないの。

○中村証人 私の方からしめてあります。

○篠田委員長 あなたの方からあける以外に手はないんじやないの。

○中村証人 はあ。

○篠田委員長 あなたが運転しているところと客室の間にドアがあるのでしよう。それはあなたの方からしめてあるのでしよう。

○中村証人 そうであります。

○篠田委員長 あなたがそれをあけてやれば、客はあなたが飛び出したあとで、たとい火を吹いていても何人か逃げることができるでしよう。

○中村証人 一番前の一番向う側なんです。運転手と正反対の位置なんです。

○篠田委員長 だけどここはわずかじやないの、あなたがパンタグラフを上げたりおろしたりしているひまがあれば、あけることができるんじやないの。

○中村証人 その運転手の腰かけは非常に大きくて、ドアもちよつとあけにくいような状態なんです。それで運転手として中腰のようなかつこうで操作したのです。ちよつとなかなかあけることができないような状態です。

○篠田委員長 あけることができなかつた。

○中村証人 それでうしろを振り向いてガラス越しに見たのでありますが、そのときには入口のところで猛烈な火が吹いているのです。

○篠田委員長 あけてもむだだと思つたからあけなかつたのか、それともあける努力だけはしたのかね。

○中村証人 努力はいたしません。努力しないわけじやないのですが、とうてい中へ入れないと思つて、すぐうしろからまわろうと思つたのです。

○篠田委員長 うしろからというのはこつちの方だね。

○中村証人 そうであります。​​​​​​​​​ 

2021年4月24日土曜日

関西本線にキハ35形が導入される契機となった、国鉄監査報告書(昭和34年)

昭和36年、関西本線に日本初の通勤形気動車(キハ35形)が導入されますが、その契機となった、国鉄監査報告書の内容を全文掲載します。

この項目では、下記のとおり、関西線の改善についてかなり詳細かつ具体的に示されており、この監査報告に基づき、国鉄はキハ35形気動車を導入されることとなりました。

奈良駅にて、キハ35系気動車による運転開始

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参照:国鉄監査報告書 昭和34年 

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主要赤字線区の経営改善について

(写)

監委事第15号
昭和35年8月17日

日本国有鉄道総裁

    十河信二殿

日本国有鉄道
監査委員会委員長
石田礼助

主要赤字線区の経営改善について (通知) 

国鉄における主要赤字線区の経営改善について、 監査した結果、別紙のとおり監査委員会の所見を決定しましたから通知いたします。

主要赤字線区の経営改善について

国鉄の線区別経営改善は、従来主として比較的閑散な親区を対象として行われ、 相当の成果をあげておりますが、 主要線区については、 線区別に経営長を置いて検討を進めることになっておりますけれども、いまだ成果をあげる段階にはいたっておりません。
昭和33年 度における主要赤字線区30線区の赤字額は、総計186億円に達し、 また、山陰、 関西、 奥羽、函館、日豊及び信越の6線区はいずれ も 10億円以上の巨額の赤宇を生じております。従って、 国鉄の経営改善を進めるためには、 これら巨額の赤字を生じている主要線区について徹底的に経営内容の検討を行い、 赤字の減少につとめることが最も効果的であり重要なことであります。

 よって、監査委員会は、モデルケースとして関西線をえらび、 支社および管理局作成の各種資料にもとづいて調査するとともに実地についても監査いたしましたが、関西線についてはもとより、主要赤字線区全般の経営改善についての問題として次の所見を申し述べたいと存じます。

  1.   まず原価の積極的計画的切下げをはかることが肝要であります。 例えば車両キロあたりあるいは営業キ ロあたりの原価を各項目について分析検討し、その根源を究明して対策を講ずることが必要であり、 特に一般的に人件費、減価償却費の高いことは注目すべきであります。原価低減の方策としては、輸送方式の合理化、要員の配置、運用の合理化t輸送設備及び業務機関の整理統合等について真剣な検討が必要で、あります。

  2.    主要線区の経営を改善するためには、サーピスを向上し収入を増加するため、長期にわたる投資計画を樹てその効果によって経営改善を期待することは当然必要なことであります。しかしながら、これら長期計画を直ちに実現することは種々困難もあることでありますから、 段階を分けて実施計画を考えることが必要であります。例えば、 現有設備の転活用、要すれば、 若干の投資を加えることによ り当面早期に効果をあげるよう工夫 し経営改善への寄与について真剣に検討することが特に緊要であると考えます。

  3.   投資計画の樹立にあたっては、基本である客貨の需要要請に対し、できるだけ多くの資 料を収集 し、 十分な調査を行いマーケットリサーチ等の科学的方法により、 状況判断、将来の予測等を行って策定することが肝要であります。こうすることが投資効果を確保し、 状勢の変化に直ちに対応しうる方途であると考えます。

  4.  さらに一貫した経営改善計画を策定するために、例えば関西線の ように2支社以上にまたがる線区については、関係支社間の密接な連けいが必要で、そのために合同委員会の設置を試み、場合によっては、本社が調整推進に当る等の措置も必要であります。


 おって、関西線実地監査の際論議された問題点のうち、特に注目すべき点は、次のとおりであります。


  1. 奈良~湊町間の気動車化について具体的計画を樹て、これと電車化との経済比較を慎重に行うこと。
  2. 経営改善のための投資は、最少の投資によって効果を収めるよう、 極力緊要なもののみに限ること。
  3. 南大阪地区貨物駅の百済駅への集約と関連し、都心旅客専用駅としての湊町駅の活用、要すれば、将来大阪駅との直通について検討すること。
  4. 紀勢線の全通にともなう定期外旅客の急激な増勢にかんがみ、これに対応できるよう輸送力を整備し、また、地元の受入体制についても十分意を用いること。
  5. 将来東海道新幹線及び名神高速道路が完成し た場合、名古屋 ・ 大阪間の輸送について、関西線のもつべき使命を明確にしておくこと。
  6. 竜華撮車場等のように他線区の作業を併せ行っているものについて、原価負担の適正化をはかること。

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日本国有鉄道研究家・国鉄があった時代
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2021年4月16日金曜日

桜木町事故に関する国会審問の議事録 10-衆-行政監察特別委員会-8号 昭和26年05月21日 第1回


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 *********************桜木町事故国会審問の議事録************************

10-衆-行政監察特別委員会-8号 昭和26年05月21日

昭和二十六年五月二十一日(月曜日)
    午前十一時九分開議
 出席委員
   委員長 篠田 弘作君
   理事 島田 末信君 理事 塚原 俊郎君
   理事 内藤  隆君 理事 猪俣 浩三君
   理事 山口 武秀君    大泉 寛三君
      岡延右エ門君    鍛冶 良作君
      川本 末治君    田渕 光一君
      中川 俊思君    中村  清君
      福田 喜東君    柳澤 義男君
      石田 一松君    椎熊 三郎君
      藤田 義光君    久保田鶴松君
      横田甚太郎君
 委員外の出席者
        証     人
        (国電蒲田電車区運転士)   中村  嘩君
        証     人
        (国電東神奈川車掌区車掌)  大矢 治雄君
        証     人
        (国電電気工手長)      中澤 重ニ君
        証     人
        (国電桜木町駅信号手)    高原 豊秋君
    ―――――――――――――
五月二十一日
 委員梨木作次郎君辞任につき、その補欠として
 横田甚太君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 桜木町駅国電事故に関する件
 証人出頭要求に関する件
    ―――――――――――――

○篠田委員長 これより会議を開きます。
 この際お諮りいたします。先般来桜木町駅国電事故に関する件につきまして、事務局に基礎調査を命じておつたのでありますが、一応の調査を終了いたしましたので、この際桜木町駅国電事故に関する件について、委員会において本調査に着手いたしたいと存じますが御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○篠田委員長 御異議なきものと認めます。それでは調査することに決定いたします。
    ―――――――――――――

○篠田委員長 なお本件につきましては、理事諸君の御了承を得まして、本日は国電運転士中村嘩君、国電車掌大屋治雄君、電気工手長中澤重二君、駅信号手高原豊秋君、二十二日に横浜地検検事大津廣吉君、横浜市警捜査第一課長高橋一夫君、横浜市警鑑識係井出光正君、乗客平田善夫君、二十三日に東京鉄道局管理局長白木龍夫君、日本国有鉄道運輸総局長小西桂太郎君、運輸省鉄道監督局長足羽則之君、日本国有鉄道総裁加賀山之雄君、以上十二名の諸君にそれぞれ本委員会に、出頭を求める手続をいたしておりますが、以上の諸君を本委員会の証人として決定いたすことに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○篠田委員長 御異議なきものと認めます。それでは証人として決定いたします。
    ―――――――――――――

○篠田委員長 それではこれより桜木町国電事故に関する件につき調査を進めます。証人に証言を求めることにいたします。ただいまお見えになつている方は中村嘩さんですね。

○中村証人 はい。

○篠田委員長 これより桜木町国電事故に関する件につきまして証言を求めることになりますが、証言を求める前に証人に一言申し上げます。昭和二十二年法律第二百二十五号議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならぬことと相なつております。
 宣誓または証言を拒むことのできるのは、証言が証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係のあつた者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び医師、歯科医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあつた者がその職務上知つた事実であつて、黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになつております。しかして証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられかつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることとなつておるのであります。一応このことを御承知になつておいていただきたいと思います。
 では法律の定めるところによりまして証人に宣誓を求めます。御起立を願います。
 宣誓書の朗読を願います。
    〔証人中村嘩君朗読〕
   宣誓書
 良心に従つて、真実を述べ、何事もかくさず、又何事もつけ加えないことを誓います。

○篠田委員長 では宣誓書に署名捺印を願います。
    〔証人宣誓書に署名捺印〕

○篠田委員長 これより証言を求めることになりますが、証言は、証言を求められた範囲を越えないこと、また御発言の際は事務の整理上その都度委員長の許可を得てなされるようお願いいたします。なお、こちらから質問をしておりますときはおかけになつていてけつこうですが、お答えの際は御起立を願います。
 証人の略歴について述べてください。

○中村証人 大正八年二月十日、東京都大田区御園二丁目三十九番地に生れました。現住所、本籍地は現在のままです。大正十四年四月、東京都大田区矢口小学校に入学しました。それから昭和六年三月、東京都大田区矢口東小学校を卒業しました。昭和十一年三月、攻玉社中学校を卒業しました。昭和十二年六月二十八日、東京鉄道局品川電車区勤務。十三年十一月一日、蒲田電車区車両手を命ぜられまして蒲田電車区に転勤しました。十四年四月一日蒲田電車区電車運転手になりました。十四年七月一日、東京鉄道局教習所勤務を命ぜられまして教習所に入所いたしました。十四年十月三十一日、同教習所電車運転手科を修了いたしました。十五年二月一日、静岡県浜松市の高射砲第一連隊入営、同年十二月二十五日、高射砲第十七連隊転属。昭和十七年十二月十日再び高射砲第一連隊に転属のため満鮮国境通過。

○篠田委員長 こまかいことはいい、略歴だから、いつ小学校を出て、何年から何年まで軍隊にいたということでいい。

○中村証人 同年十二月二十日現役満期除隊。それより鉄道へまた服務を命ぜられまして、昭和十八年三月二十九日、東京鉄道局蒲田電車区電車運転手を命ぜられました。十八年十月五日、臨時召集。

○篠田委員長 それから何年まで軍隊にいたか。

○中村証人 二十一年七月二日召集解除。それ以後電車運転手を引続いてやつております。

○篠田委員長 あなたは電車運転手として、教習所なりあるいはあなたの働いておる現場なりで、どういう教育を受けまたどういう実務をやつたか簡単に述べてください。

○中村証人 教育は車両手見習、教習所を出てから運転手見習として、その間電車運転手として必要な事項の教育を受けました。

○篠田委員長 何か事故が起つた場合の教育を受けておりますか。

○中村証人 受けております。

○篠田委員長 どういうふうに受けておるか。

○中村証人 事故が起つた場合、月に大体二回くらい電車区として応急処置の訓練をいたします。

○篠田委員長 どういう応急処置。

○中村証人 車が故障になつたときどういうふうにするかというおもに故障方面だけであります。

○篠田委員長 今度のようなこういう事件に対する訓練とかあるいは教育というものは受けておられなかつた。

○中村証人 おりません。

○篠田委員長 一ぺんもない。

○中村証人 今度のような事件というのはありません。

○篠田委員長 どういう事件ですか。

○中村証人 主回線の地気というような場合は、すぐパンタグラフを降下するとか、そういうような教育です。

○篠田委員長 電車の中に火事が起つたというような場合の教育は受けなかつたか。

○中村証人 別にこれというものはやつておりません。

○篠田委員長 電車の中に何か大きな事故が起つたときに、どういうふうにして乗客を救済するかというふうなことは、今まで訓練をしたり演習をしたりしたことはなかつたか。

○中村証人 ありません。

○篠田委員長 今回の事故が発生したそのいきさつをひとつ述べてください。

○中村証人 今回の事故の起つたいきさつは、まあ結局……。

○篠田委員長 君がいつ運転して出て行つたところが、どういう状態だとか、その状況からまず述べてください。

○中村証人 横浜を大体九分か十分遅で出発いたしました。

○篠田委員長 十分遅れだね。

○中村証人 はい、そこははつきりいたしません。それで場内信号機の確認喚呼位置という標があります。その標で場内信号機を確認するわけでありますが、そのときに二番線に注意信号現示を出しておりました。そのことは結局二番線へ入つてよろしいという信号であります。

○篠田委員長 二番線というのは下り線だね。

○中村証人 桜木町の山側の線です。それで確認喚呼位置の標で、場内信号機の反対の鉄塔付近に架線工事をやつているらしいように思われた人が二、三人―人数ははつきりいたしませんが二、三人見えました。場内信号機というのは運転手にとつて絶対信号機で、絶対によく注意しなければならない義務があるのです。それで自分といたしましては、場内信号機をずつと確認しながら進んで行つたわけです。場内信号機を通過するときでありました。そのときに架線が幾らかたるんでいたのは自分でも見えました。架線がたるんでいるということは架線工事があつて、そのために幾らかたるんでいるんだろうと自分は思つていました。そのとき別にその工事している者が手信号なり防護措置はしなかつた。それから場内信号機はもちろん二番線注意の場内信号現示である。自分といたしましても、絶対大丈夫だろうと思つて入つて行きました。それで自分は渡り線を渡るときに、架線の状態を一応確認いたしました。確認をいたしまして、それであとは、今度は転轍の開通状態、それを運転手として見る義務がありますからずつと転轍の状態を見ながら通つて行きました。結局上り線でありますが、上り線に入らんとするときに、大きな雷のような火花が出て、それでこれはたいへんだと思つて、すぐ非常制動をかけて電車をとめて、それと同時にパンタグラフを降下したのであります。それでそのときにパンタグラフを降下しても依然として火花が出ているのであります。それから目分としてもいつまでたつても消火できない。普通ならパンタグラフを降下すれば消えるわけなんでありますが、一向に火花が出て消火しないわけであります。

○篠田委員長 火花はどこから出ている。

○中村証人 屋根であります。これはもうパンタグラフがひつかかつたものと思つてひよつと後を振り向いたわけであります。そうしたら天井から猛烈に火がふいている。表を見ようと思つても、表は火の粉がばらばら降つて来て、とうてい顏も出せない状態。すぐ中の乗客を出さねばならぬとそのときに思いました。それでまたドアをあける手配をしなければならないと思つて、またパンタグラフ上昇用のひもがありますが、そのひもでもつてパンを上げたのでありますが、結局パンタグラフがひつかかつて中腰のような状態で、その点はつきりわかりません。それでパンタグラフを上げる電磁弁を扱つたかどうかわかりません。それですぐ車掌スイッチをあけたかと思います。あけると同時にドラムスイッチ、それはどつちが前後したかはつきりわかりません。

○篠田委員長 それはあがつていたわけだな、君が。

○中村証人 はあ。とにかく操作をやつたように覚えております。

○篠田委員長 (略図の前に行き、示しつつ)そうすると、ここの線を直したんでしよう。

○中村証人 はい。

○篠田委員長 あなたは、これから入つて来たんでしよう。

○中村証人 入つて来ました。

○篠田委員長 ごのとき、ここで直した連中は信号も何もしなかつたか。

○中村証人 全然やつていません。

○篠田委員長 信号機を認めて入つてもいいと思つて入つて来た。

○中村証人 はい。

○篠田委員長 そのときに架線がたるんでいたというのはここの架線でしよう。

○中村証人 いや、そこではありません。もつとずつと手前であります。

○篠田委員長 それじや、たるんでいた架線は通過しちやつたの。

○中村証人 いえ、自分の線は全然異状はありません。

○篠田委員長 だけれども、たるんでいる架線にパンタグラフを引つかけたんじやないの。

○中村証人 そうであります。

○篠田委員長 だから、あなたが入つて来るときに、ここにたるんでいる架線を見ていたわけでしよう。

○中村証人 そこの架線はわからなかつた。

○篠田委員長 こつちの架線の下るのを見ていたわけだね。ここはわからなかつたわけだね。

○中村証人 そこはわかりません。見通したところが何ともないと思つた。 

 続く

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解説は、下記blog参照

桜木町事故に関する国会審問の議事録 第1回

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国鉄総裁物語 三井物産社長から国鉄総裁へ 石田礼助物語 第1話

日本国有鉄道総裁石田礼助総裁の物語です。 今回は朗読形式で何回かに分けてアップさせていただきました。 国鉄唯一の財界人であり、現在の首都圏の輸送力増強など、JR東日本の輸送インフラを整備するなど大規模な投資と安全に拘った投資を行なった名総裁 何回かに分けてアップさせていただく予定...