今回も、当時の労働運動家が書いた記事かと思われますが、イニシャルで書かれているだけのため、個人を特定することが出来ませんでした。昭和22年に計画されたものの中止に追いやられた、2・1ゼネストに関しての記述がなされています。 参照した本は、昭和22年3月4月合併号の交通からの抜粋です。 以下にAIとともに概要を要約をさせていただきましたので、ご覧ください。 経済闘争から政治闘争への必然的転化 当初の目標は「最低賃金(660円)の獲得」という純粋な経済闘争であった。 しかし、崩壊状態の日本経済において賃上げを実現するには、国家の財政政策そのものを変更させる必要があり、必然的に「吉田内閣打倒」という政治(スト)闘争へと発展せざるを得なかった。 一般官公労働者の「政治意識の遅れ」という弱点 多くの一般官公労働者(非現業など)は、この闘争が「政治的闘争」であることを十分に理解していなかった。 「民主人民政権の樹立」という高い政治意識が欠如していたため、ゼネスト中止の声明(GHQの介入)によって組織が容易に動揺し、不必要に大きな打撃を受けてしまった。 「弱いが故のゼネスト」と国鉄労組への依存構造 今回のゼネストの本質は、労働者側の力が強かったからではなく、官業労働者(特に非現業)が弱体であったからこそ、全体で束にならざるを得なかったという点にある。 多くの弱小組合は、強固な組織力と高い政治意識を持つ「国鉄労組」におんぶ(依存)することで初めてストライキが可能となっていた。逆に言えば、この弱小組合の存在が強固な国鉄労組の足を引っ張る(牽制する)結果にもなった。 今後の展望:階級的意識の再武装 打撃を受けた官公労組は、至急体制を立て直す必要がある。 伊井議長の「労働者農民万歳」という言葉を胸に、正しい労働者階級としての政治意識を確立し、何物にも恐れない闘争力を持つべきである。 このように、2・1ストは結果的には現業の国鉄などの比較的強い組合が中心になって実施しようとしたが、本質的に非現業公務員は、政治ストであることに気づかない、若しくは気づいて...
以下は、戦前から戦後にかけてのプロレタリア作家の一人である、徳永直による文章で、国鉄部内誌「交通」のトップに掲載されたものを全文文字起こししたもので、旧字体を新字体を改めたほかは、殆ど当時の記述のままとしています。これは、当時の世相なのかそれとも幹部クラス自身が民主化のあり方を模索する中での決定なのかは判りませんが、極めて異例だと感じています。 改めて鉄道史とりわけ労働運動史研究の際の一次資料の一つとしてご覧いただければ幸いです。 こんどの国鉄ゼネスト(未然に妥協となつたが)については、国鉄従業員自身にとつても、また一般市民にとつても、いろいろと考へるべきことが多かつた。いま私はそのうちの二つについて、一つは「公共事業」、といふことの本質は何か? 二つは過日朝日新聞にあらはれた「制服の労働者」といふ観念について述べたい。 国鉄ゼネについて、一般市民にあらはれた傾向の主なるものは「国鉄は公共事業である。だからゼネストは反對、或は慎重でなくてはならぬ」と云つて、しかも主として従業員側にむけられたこと、そして一般市民は己れを第三者もしくばゼネによる被害者として認識していたことであった。これは日本人一般の「公共性」への誤つた理解であり正しくない。「公共事業」とは何か? 日本人民ぜんたいに共通する利益のための事業である。そしてこれの運営を執行する政府も、五十万従業員も、「日本人民ぜんたいの一部」であって、けつして別のものではない。運輸大臣ゃ五十万従業員によつて勝手に日本人民ぜんたいの共通利益を侵害したり、左右してはならない。したがつてまた日本人民は共通利益をまもるためには、ある程度の責任をおはねばならぬし、まつたくの「第三者」であることは出来ない。 たとへば日本人民ぜんたいは、共通の利益をまもるために、五十万従業員の犠牲を強要することは、五十万従業員が「人民ぜんたいの一部」である以上出来ないし、同様に従業員なり政府なりが、一部の私利や、無能や、失策によつて、共通利益がそこなはれることもみのがしておくことは出来ないのである。だから若しいはれもなく国鉄従業員がゼネをやるなら、一般市民はそのゼネをふみつぶす方へ回ってよいし、また政府当局のやり方が不当であるなら、汽車が止つて「被害を蒙る」どころか、ゼネストを支持し、当局を弾劾すべきである。 し...