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昭和23年  交通の記事から抜粋 

昭和23年6月号の記事ですが、当時の組合の実態が良く判る、そんな内容の記事となっています。 共産党などの影響をさけて、民主的な労働組合運動を目指す民同派と共産党の影響を植えきれる容共派が組合内でも分裂していく様とその危惧が書かれているわけですが。 実際に、国労の場合は比較的早い時期に、動労(当時は機関車労組)が分裂し、更には国労内にあって、容共派を中心とする、山猫スト【無届けスト】などが実施されるなど、スト権剥奪後の民主的な組合運動を模索する中で、国鉄のそうした分裂と統制が難しかった様子が伺えます。 結果的に、こうした最初のスタート時点が違った形で収束できていれば、また違った形で現在のJRはあったといえるかもしれません。 いずれにしても、こうした研究には答えがありませんが、私なりに纏めていきたいと思うのです。       組合自主の確立のために 一全官公争議と国鉄労組 那須井 忠  一 世の中が、理論通り動いたら大変楽しいに相違ない。 そうしたら、大学の教授は、皆一流の政治家となるであろう。 しかし、理論と現質は多くの場合、一致しないのが通常である。  そこで、政治と政治家の存在が必要となつてくるわけだ。  臨時給与委員会で、決定した新給与二,九二〇円水準に対して、国鉄労組は「不満ながら」これをのんだ。 しかし、全逓その他全官公労組は、あくまで不満なりとして、それをけり、遂に全官公争議までに発展した。 全官公労二百七十万のうち、国鉄・全逓両労組はその中核となつているが、国鉄労組が全官公争議に、傍観的態度をとつたことに対し、一部ではこれを支持し、他の一部では「御用組合」と見なして非難した。 国鉄労組のかかる行き方に対し、私は現実政治家的な印象を受けた。  全逓その他全官公の主張する二,四〇〇カロリーに基準を置く理論生計費は、理想論としては正しいに相連ない。 けれども、敗戦によつて破産状態にあるわが国情を直視するとき、理論生計費は現実から浮いた「理論」であることを知る。  新給与間題に闘し、加藤国鉄労組委員長は、朝日新聞主催の座談会で次の如く述べている。 「新給与水準決定の際の私の立場は、官公吏が一般国民と同じ生活水準が出来るという点にあつた。  そこで何を基準にするかと考えた。  中労委などでも具体的な民間の沿与を基準にしてはとい...
 戦後の労働運動家で、社会党所属しており、社会党の分裂の際は左派社会党に所属した方です。労働運動が政党と同調する事への警鐘などを鳴らしており、終戦直後の資料を学ぶ上で非常に貴重な記事ではないかと思います。   二・一以後の労働組合運動 島上善五郎 二・一ゼネスト闘争はわが国労働組合運動に深刻な自己反省を求めている。これが正しくなされることによつて今後の労働組合の健全正常な発展に資せられるならばあの失敗も又貴重な経験といつてよい。 あの闘争に鑑みて今後考えなければならぬことの一つの労働組合の闘争と政党の闘争との関係の問題がある。  今日の段階では労働階級の生活問題は多くの場合、政治との関連が深い。『政治は経済の集中的表現である』との言葉は今極めてはつきりとわれわれの日常生活の上に生き生きとした事実となつて現はれている。 従つて労働者の生活権確保の諸闘争は政治闘争に発展する必然性を持つている。けれども労働組合はあくまで労働組合であつて、政党でも政党に代行する組織でもないことを知らなければならぬ。労働者の経済要求を機械的に政治闘争に発展せしめたり、大衆の闘争力が高まつたからとて労働組合が直接政治闘争の母体、指導体となることは組合の本分を忘れた行過ぎである。  二・一ゼネストは官公労働者の生活の極度の不安に端を発し、政府の無誠意と無能の故に次第に最悪の事態にまで発展したのであつたが、その本質はあくまで官公労働者の生活の改善向上の経済闘争であつた。この経済闘争をあのような政治闘争に発展せしめゼネストに導いた第一の責任はもとより政府に帰せらるべきものであるが、ゼネスト決行期日が近づくにつれて組合内に現はれた傾向の中には明らかに労働組合の運動の限界を超えたものがあつた。 『経済要求が全部容認されても吉田内閣が倒れないうちは断固としてぜネストを行う』との言葉が責任ある指導者の口から当然の事のように言はれたことは、それが大衆に対する一場のアヂ演説であるならば現も角極めて大事な交渉斡旋の段階で声明されたことは今後の組合運動のために批判揚棄されねばならぬ。労働組合はあの場合掲げた経済要求をより多く獲得することに重点がおかるべきであり、しかもそれは大衆の闘争力の最も高まつた時期にその力を背景に交渉を進めることが最も有利であつたことは言うまでもない。労働...

2・1ストを総括する、文章に対する私的な考察

今回も、当時の労働運動家が書いた記事かと思われますが、イニシャルで書かれているだけのため、個人を特定することが出来ませんでした。昭和22年に計画されたものの中止に追いやられた、2・1ゼネストに関しての記述がなされています。  参照した本は、昭和22年3月4月合併号の交通からの抜粋です。    以下にAIとともに概要を要約をさせていただきましたので、ご覧ください。 経済闘争から政治闘争への必然的転化     当初の目標は「最低賃金(660円)の獲得」という純粋な経済闘争であった。    しかし、崩壊状態の日本経済において賃上げを実現するには、国家の財政政策そのものを変更させる必要があり、必然的に「吉田内閣打倒」という政治(スト)闘争へと発展せざるを得なかった。 一般官公労働者の「政治意識の遅れ」という弱点  多くの一般官公労働者(非現業など)は、この闘争が「政治的闘争」であることを十分に理解していなかった。     「民主人民政権の樹立」という高い政治意識が欠如していたため、ゼネスト中止の声明(GHQの介入)によって組織が容易に動揺し、不必要に大きな打撃を受けてしまった。 「弱いが故のゼネスト」と国鉄労組への依存構造     今回のゼネストの本質は、労働者側の力が強かったからではなく、官業労働者(特に非現業)が弱体であったからこそ、全体で束にならざるを得なかったという点にある。     多くの弱小組合は、強固な組織力と高い政治意識を持つ「国鉄労組」におんぶ(依存)することで初めてストライキが可能となっていた。逆に言えば、この弱小組合の存在が強固な国鉄労組の足を引っ張る(牽制する)結果にもなった。 今後の展望:階級的意識の再武装     打撃を受けた官公労組は、至急体制を立て直す必要がある。     伊井議長の「労働者農民万歳」という言葉を胸に、正しい労働者階級としての政治意識を確立し、何物にも恐れない闘争力を持つべきである。 このように、2・1ストは結果的には現業の国鉄などの比較的強い組合が中心になって実施しようとしたが、本質的に非現業公務員は、政治ストであることに気づかない、若しくは気づいて...

昭和21年当時の国鉄を取り巻く労働運動に関する考え方 当時の投稿記事から

以下は、日本国有鉄道(当時は運輸省鉄道総局)職員向けに発行された「交通」昭和22年1月号から抜粋した記事であり、終戦直後の国鉄の労働運動を検証するための一次資料となり得るものです。 この記事の概要は、当時の二つの大きな組織 総同盟と産別双方の活動を阪田登(ネット上では著書等は見つけられず)問いウサインの元に書かれた記録です。 本来、「交通」はその後「国有鉄道」と引き継がれるように、どちらかと言えば、管理者クラス向けの雑誌であり、鉄道員全体向けの国鉄線とは一線を引く記事故に、個人的には当時の当局・幹部クラスが労働組合のあり方などについて模索するというか学習するためではないかとおもわれるのです。この後はこうした記事が減っていくので、その点は間違いないかと思います。 基本的には、旧字体を新字体に改め、明らかな誤字は修正したが、それ以外はそのままですので、「おもふ」と言ったような、現在の言い回しとは異なる記述も数多く見られるが、その辺は当時の原文を大事にしたいという思いからです。 鉄道史、とりわけ労働運動史研究のための参考としていただければ幸いです。      総同盟と産別 労組常識 Ⅰ 終戦以来、約一年半ばかりの間に日本の労働運動は急速に成長した。現在では労働組合の数は一万数千、組合員は四百万を越している。そして、ただ単に数がふえただけでなく労働者の意識水準も相当高いものになつている、もともと労働者は資本家階級と戦ふ時には完全にその利害は一致する。だから労働組合は全国的に統一されなければならないし、また統一できるものである。しかし現在では日本の労働組合は同じ方向に同じ歩調で進んでいるわけではない。つまり、労働戦線が統一されていないのである。だから労働者全部が百の力を持つていても、その百の力を一点に集めて決戦に立上ることが出来ない。日本の労働戦線は産別会議、労働総同盟、日本労組会議の三つの陣営に大きく分けられている。 その中で日本労働組合会議は大体産別会議と総同盟の中間の性質を持つているらしいが、新しく出来たばかりでまだ実際には何もしていないからここでは問題にしないとして、思想も組織も行動もととごとく対立している二大陣営=産別会議(組合員約百六十万)と労働総同盟(組合員約百五十万)=を比較してみる。 Ⅱ ◇思想 …… 産別会議と総同盟の相違の中で...

昭和25年 国有鉄道新駅設置基準 抜粋 鉄道年鑑 昭和27年

参考:駅設置承認基準(昭和26年3月) 第1 設置基準 (イ)通常列車駅 既設駅間距離が8km程度以上である事 地形、線路の状態が駅の設置に適し、且つ工事が比較的容易であること。 旅客駅のみとし、貨物取扱は認あない。 推定扱数量が1日平均侠客乗降合せて5OO人以上であること 但し僻陣地については)日平均旅客乗降合せて3OO 人以上でること 推定取扱枚入が全支出を上廻ること 駅の設置により新たな交通需要が見込まれること。 駅設置に要する用地の寄附並びに工事費の負担の申出のあるもの。 乗降場は恒久的構造とする。但し行違設備を裂する場合その工事費を除く。 既設仮乘降場の昇格に対しては原則として定員を配置しない。 信号場の昇格に対しても客扱定員を特に配置しない。, 新設駅に対しては別途定員を査定ずる 既設仮乗降場の昇格については一定の駅間距離の条件を緩和する。 交通不便の地で鉄道による外交通機闘のない所は特に考慮する (ロ)気動車叉は電車駅 既設駅間距離が3km以上であること。 推定取扱数量は旅客乗降合せて本線及び大都市附近電車駅は2000 人以上、気動車又は支線区電車駅は2OO 人以上であること。 その他は(イ)の基準に同じ。 第二今後の方針 今後当分の聞は原則として新駅の設置はしない。事情己むを得ないものと雖も地方機関限りで仮乗降場も設置してはならない。この場合には本庁に意見を上申すること 注: ・仮乗降場 許可をえ、駅の代わりに設置されていた停留所(乗降所) ・気動車駅・・・機関車牽引列車は通過するなど、その乗降数が少ない停留所   本記事の引用は歓迎します。その際は、出典:[ブログ名] [日付] と明記ください にほんブログ村 にほんブログ村 ***************************************************************** 取材・記事の執筆等はお気軽にお問い合わせください。 下記、入力フォームからお送りいただけると助かります。 https://jnrera.minim.ne.jp/contact.html 日本国有鉄道研究家・国鉄があった時代 https://jnrera.minim.ne.jp/ ***********************************************...

日本国有鉄道の発足 鉄道年鑑 抜粋

  日本国有鉄道の発足 P54-66 公共企業体の意義 公共企業体 Public Corporation とは、国家の経営する企業が公共の福祉を目的とし、しかも能率的に運営されるように考え出された経営形態でありこれによって(イ)既存の国営事業を能率化合理化する。(ロ)或は公共の利益に関連の深い企業を社会化すると共に資本主義的な高能率を保持させてゆくところにその新しい意義がある。 諸外図でも米国のT・V・Aや英国の国有鉄道のように最近その例が多くなった。その形態は国により事業により各々であるが、その組織は政府の任命する少数の委員から成る委員舎が最高機関となり、その下に執行機関を設けて自由に企業的に事莱を極管させ、委員会は公益を代表すると同時に、能率的な業務の運営を指導するという形式が多い。その資本金は政府の全額出資が多いが、民間との共同出資のものもある。  国有鉄道の改革の必要 24年6月一日国鉄が公共企業体となったことは、明治39年の鉄道国有以来の大改革であるが、このような改革が必要となったのは次の理由による。 (イ)行政と現業との分離 国鉄は運輸大臣の下に経営されで来たが、運輸大臣は他面陸運海運監督機関であって、国鉄と民間交通業者とは競争関係に立つにもかかわらず、一方が監督権をもつことは公平ではないし、叉運輸大臣が国鉄の事務に忙殺されて経営とは業務の性質が異るので行政機関に伴う色々の行政上の制約を受けるのは適当でないから分離すべきである。 (ロ〉財政上の自主権 国鉄の経営は状況に応じて機動的に運営されねばならず、その収支は業務量の増減によって絶えず変動するのであって、一般官庁の静的な予算制度で拘束することは企業の能率的な運営を妨げるから、官庁的な会計制度を改め、独立採算を推進する必要がある。 ハ)人事管理上の自主化 国鉄職員が公益に奉仕しなければならない点において一般官臨職員と少しも変りはないが、その業務内容において著しく異り、むしろ民間交通事業に近く、従って一様に国家公務員法の規制を受けるのは適当でなく、叉労働関係についても公務員と異りある程度団体交渉権を認める必要がある。 (ニ)政治からの独立 国鉄が企業として能率的合理的に運営されるためには政治的勢力によって運営がゆがめられないようにしなければならないし叉内閣の変る毎に経営責任者、か変る...

仲裁と国鉄再建で議論 一鉄労の年次全国大会から一一 1981年11月号 国有鉄道から引用

 かつて日本に存在した日本国有鉄道(現在のJR各社)のイメージとしては質実剛健な車両などのイメージを持たれる若い方も多いが、ストライキばかりしていた組合があったというイメージを持つ方も多いように思います。 実際、国労・動労と呼ばれた2大組合(総評系)は、春闘以外でも政治スト(ベトナム戦争反対とか、沖縄返還反対等)を総評主導のもと実施することもあり、総評の推進エンジンのような役割を持っていました。その反面、数からすれば少数派と言え、鉄労と言う存在もありました。 鉄労は、 全日本労働総同盟(同盟)に属する組織であり、国労内の新生民同右派が中心となって誕生した職能労連などが結集した全国組織であり、総評に対抗する組織として誕生、労使協調路線を主眼とした組合で、ストライキを続ける国労・動労に対しストライキをしない組合と言うイメージがあります、しかし、必ずしもスト権を行使しない(元より国鉄には、団結権はあってもスト権は無い)とは言っておらず、場合によってはストライキも辞さないと発言しています。 昭和47年の仲裁裁定の時も完全実施されなければストライキも辞さずと発言しているように、その発言は、「蜂の一刺し」のごとく差し違えるという気持ちでストライキをするのだというのが鉄労の考え方でした。 そうした意味では、生産性運動を中止して以降、 国労幹部と当局のゆがんだ労使協調、いわゆる馴れ合いになって現場との乖離が行われていたのに対して、鉄労はその辺はある程度の距離を保っていたようにも見受けられます。 あくまでも私見であり、今後さらにいろいろと見ていく必要はあるのですが、少なくとも生産性運動中止以降の鉄労は、国労・動労からの組合員奪還の矢面に立つことになり冬の時代を迎えたわけで、1981年頃は、最後の再建計画と言われた、国鉄再建法が制定された時期でもあり、本当の正念場を迎えた時期の鉄労大会の記録となります。    本記事の引用は歓迎します。その際は、出典:[ブログ名] [日付] と明記ください にほんブログ村 にほんブログ村 *******************以下本文***************************   同盟・全官公系の鉄道労働組合(辻本滋敬組合長、4万6000人〉の第14回年次全国大会が9月8日から10日までの3日間、静岡...

衆議院議員石田宥全君提出国鉄労働組合新潟地方本部管内の不当労働行為の実態に関する質問に対する答弁書

以下は、衆議院 立法情報  >質問答弁情報  > 第028回国会  質問の一覧 から引用したものであり、新潟闘争に際して不当労働行為が行われていたのか否かという点について質問した際の主意書と答弁書になります。 新潟闘争は、既に弊blogでも何度かアップしていますが、国労内の革同派によるグループの反動がより大きな動きとなったもので国労本部預かりという形で封じ込めに働くわけですが、当時の局長が強く処分を連発するなどで、地本との対立が起こったことなどもあり、かなりの緊張をもたらされることとなり、一部の報道では不当労働行為が行われていたのではないかという質問が国会でなされていました。 なお、質問している。石田宥全議員は、新潟県選出の社会党左派議員であり、5期務めたと書かれています。 組合側の意向を汲んでの発言も有るかと思われますが、その辺は割り引いて考える必要がありそうです。  本記事の引用は歓迎します。その際は、出典:[ブログ名] [日付] と明記ください   ***************************************************************  昭和三十三年三月二十四日提出 質問第四号  国鉄労働組合新潟地方本部管内の不当労働行為の実態に関する質問主意書 右の質問主意書を提出する。   昭和三十三年三月二十四日 提出者  石田宥全           衆議院議長  ※ (注)谷秀次 殿 国鉄労働組合新潟地方本部管内の不当労働行為の実態に関する質問主意書  国鉄当局は、新潟地方における国労と第二組合(国鉄新潟地方労働組合)との組織活動に関し、国労に対して次のごとき不当労働行為をなしている事実がある。すなわち 一 新津電修場分会の一部十九名は、さる一月二十八日、第二組合に加入し分会を設立したが、この設立に対し、非組合員である大久保乾電修場長及び小杉事務助役の手もとに第二組合結成準備に対する内容が了知され、かつ、名簿が提出されているなどさきの電修場長及び事務助役が第二組合結成に暗躍している事実がある。これは公労法違反ではないか。 二 さる一月三十一日電修場長は、技工長、主任などを招集し「国労は総評に加盟し、第二組合は加盟してい...

鉄労地域本社制導入 1984年10月号 国有鉄道記事から抜粋

 鉄労は当初、地域本社制導入を提唱しますが、その後分割民営化容認に舵を切ることとなり、国労からは鉄労の裏切りと罵られることとなるのですが、その辺を示す資料と言うほどのものではありませんが、国鉄部内紙、国有鉄道1984年10月号「視点・論点」と言うシリーズの中で、組合関係の様子を抜粋して記述されている記事があり、その中で鉄労は地域本社制を導入することを決めたとしています。 ただ、ここで気になるのは、鉄労の提唱する地域本社制は、「 旧支社程度の単位に本社機能を分権化し、経営陣に民間人を採用する」 ことで、現在の経営形態でも可能と言いながら、 「全民労協は 中略。 国鉄が公社制から脱脚、地域本社制を中心とした経営体制になれば、これに加盟する資格も持つ ことになる。」ということで、マスコミは分割民営化を容認したのかと確認したように、後段の話だけを聞くとこのように聞こえるわけですが、鉄労が考えていた地域本社制は、あくまでも旧支社体制であり、支社の経営陣に民間の血を導入することで対応が可能なのではないかと発言しています。 当時の「全民労協」は民間主導で進められていたわけで、一足先に民営化された、NTTは全民労協に加入することは1984年時点で決まっていたので、その辺を意識して発言したと思うのですが、そうなると、マスコミが言うように民営化を容認したと考える方が素直ですし、更に地域本社制と言うことで、地域ごとに権限を持たせると言うことは分割も容認したと考える方が素直だと思うわけですね。 そう考えると、鉄労の意図は十分マスコミに伝わらず、更に その結果、分割民営化されたことによるサービスの低下が大きいことを考えると、鉄労幹部の発言は正直重いと言えそうです。   本記事の引用は歓迎します。その際は、出典:[ブログ名] [日付] と明記ください   地域本社制導入案を承認 鉄労(辻本滋敬組合長,約3万5000人)の第17回大会は,国鉄内主要組合の大会としては最後の9月4日から7日までの4日間,石川県山中町で聞かれた。議長席には長沢昭夫(仙台)、下田孝士(金沢)、岡田秀夫(大阪〉各代議員がついた。 はじめに辻本組合長が立ち、組織拡大の重要性を84春闘の連敗や最近の雇用不安の状況などを踏まえながら次のように述べた。 「鉄労提言の地域本社制導入は実現させなければなら...

日本国有鉄道経営再建促進特別措置法施行令

本記事の引用は歓迎します。その際は、出典:[ブログ名] [日付] と明記ください     日本国有鉄道経営再建促進特別措置法施行令 1981年3月11日政令25号 改正:1981年政令277号、1982年政令286号 根拠法令:日本国有鉄道経営再建促進特別措置法8条1項及び2項、9条1項及び2項、12条1項、18条、23条並びに24条3項 (幹線鉄道網を形成する営業線に関する基準) 第1条 日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(以下「法」という。)第8条(地方交通線の選定等)第1項の幹線鉄道網を形成する営業線として政令で定める基準に該当する営業線は、別表第一に掲げる営業線のうち、その区間が次の各号の一に該当するものとする。 1 その区間のうちに、昭和55年3月31日(以下「基準日」という。)における人口が10万以上である市(特別区を含む。以下「主要都市」という。)を相互に連絡する区間で、次のイ及びロに該当するものがあること。  イ 当該連絡する区間の基準日における旅客営業キロ(旅客営業に係る営業キロをいう。以下第四条までにおいて同じ。)が30キロメートルを超えること。  口 当該連絡する区間における隣接する駅の区間のすべてにおいて旅客輸送密度(昭和52年度から昭和54年度までの間(以下「基準期間」という。)の旅客輸送量について算定した旅客営業キロ1キロメートル当たりの1日平均旅客輸送人員をいう。次号及び次条において同じ。)が4000人以上であること。 2 その区間のうちに、前号に該当する幹線鉄道網を形成する営業線と主要都市とを連絡する区問で、次のイ及び口に該当するものがあること。  イ 当該連絡する区間の基準日における旅客営業キロが30キロメートルを超えること。  口 当該連絡する区間における隣接する駅の区間のすべてにおいて旅客輸送密度が4000人以上であること。 3 その区問における貨物輸送密度(基準期間の貨物輸送量について算定した貨物営業に係る営業キロ1キロメートル当たりの1日平均貨物輸送トン数をいう。)が4000トン以上であること。 ※1981年3月31日運輸省告示227号1条-3条参照 (地方交通線に関する基準) 第2条 法第8条(地方交通線の選定等)第一項のその運営の改善のための適切な措置を講じたとしてもなお収支の均衡を確...

【1982 年 9 月 24 日】行政改革大綱 今後における行政改革の具体化方策について

 以下は、昭和57年9月24日に閣議決定された内容で有り、今後における行政改革の具体化方策として、国鉄を含む公社の改革について明言した資料となるものです。   【1982 年 9 月 24 日】行政改革大綱 閣議決定 今後における行政改革の具体化方策について 〔昭和 57 年 9 月 24 日閣議決定〕 臨時行政調査会の「行政改革に関する第 3 次答申」(以下「第 3 次答申」という。)にお いて提起された改革課題については、昭和 57 年 8 月 10 日閣議決定「臨時行政調査会の第 3 次答申に関する対処方針」に基づき、改革の推進に努めるものとし、その具体化につい ては、当面下記によるものとする。 第 1 三公社の改革 1 日本国有鉄道 (1)日本国有鉄道の改革については、第 3 次答申に沿って、5 年以内に事業再建の全体構想を設定しその実現を図る。 (2)国鉄再建監理委員会の設置のための法律案を次期国会に提出するものとし、関係法律案の立案等諸般の準備を進める。 (3)国鉄再建関係閣僚会議を設置する。(「国鉄再建関係閣僚会議の設置について」(昭和57 年 9 月 24 日閣議決定)参照) (4)日本国有鉄道の経営の危機的状況にかんがみ、当面緊急に講ずべき対策については、早急にその実施方針を確立し、逐次これを実施に移すものとし、その細目については、別に定める昭和 57 年 9 月 24 日間議決定「日本国有鉄道の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」によるものとする。 なお、これに伴い、当面の緊急対策の実施の推進を図るため、運輸省及び日本国有鉄 道において所要の体制を整えるものとする。 2 日本電信電話公社及び日本専売公社 (1)日本電信電話公社及び日本専売公社の改革については、第3次答申の趣旨に沿って、各方面の意見を聴取し、所要の法律案を次期通常国会に提出すべく準備を進める。 このため、政府・自由民主党行政改革推進本部常任幹事会において関係者の出席を求めつつ調整を進めるとともに、政府部内においても、検討、立案のための体制を整えて所要の調整を進めるものとする。 (2)日本電信電話公社の合理化に関する当面の措置として次の方策を講ずる。 ア 交換手等運用部門、保守部門、電報部門等について極力要員合理化を図ることと、新規採用を抑制する。...

与野党の上記「国鉄監理委設置法案」に関する、見解(参考資料)

1982(昭和57)年11月19日 鈴木善幸内閣の最後の閣議で、国鉄監理委設置法案の提出が決定されたのであるが、この法案に対して与野党の見解は以下のように異なっていました。 最近の言葉で言えば、リベラルもしくは左派と言われるグループである社会党(現在の社民党)や共産党は絶対反対を表明する反面、公明党・民社党(現在は解党・国民民主党がイメージ的に一番近いであろうか)は消極的な賛成、敢えて言えば賛成であり、現在は解党してしまったが、新自由クラブ・民主連合 (こちらも現在は解党、詳細は長くなるので末尾で解説)はより鮮明に分割・民営化を推し進めている。民主連合自身が社会党からの分派と考えると、同じマルクス主義を信望する政党を源流としても以外に思えます。  本記事の引用は歓迎します。その際は、出典:[ブログ名] [日付] と明記ください    反対派 社会党 : 臨調答申尊重を盛りこんだ本法案は分割 ・ 民営化 が前提となっており絶対反対 。 また、監理委員会は屋上屋を重ねるだ けであり、長期債務等の問題は要は政府の決断にかかっ ているから不 要 である。  共産党 : 国鉄の解体を断行するところにねらいがあり、かつ臨調答申を最大限に尊重するという根本的な誤りがあり絶対反対。 消極的に賛成派 公明党 : 国鉄経営を破綻に導いた政府の責任は重大ではあるが、国民の大多数は臨調答申に 沿った国鉄改革を望んでおり法 案には賛成。 民社党 :国鉄の再建は国鉄自身の手によっても政府の手によってもど うにもならないことが 明らかな以上、別の機関を作ってそれにゆだねることに賛成。臨調答申を尊重すべきである 。 賛成派 新自由クラブ・民主連合:分割については 異論はあるものの 、 民営化はわが党の旧来からの主張であり賛成。 5 年以内と い わず早期に実施すべきである。 出典:国有鉄道 1983年7月号 「国鉄再建監理委員会設置法案」についてから引用   参考資料: 【1982 年 9 月 24 日】行政改革大綱 今後における行政改革の具体化方策について 解説 新自由クラブ・民主連合とは、「新自由クラブ」と「 社会民主連合」が連合した党派で、結成時期は僅かに新自由クラブの方が早いのですが、自民党から分派した形の新自由クラブはその独自性を発揮できな...

第58回国会 参議院 本会議 第3号 昭和43年1月31日

 昭和43年1月に開催された、参議院本会議での質問ですが、人員合理化に関する質問として、社会党からの質問がなされていますが、この辺は注目しても良いのではないでしょうか。  本記事の引用は歓迎します。その際は、出典:[ブログ名] [日付] と明記ください 以下、引用 国鉄の五万人の合理化問題は、基幹産業という名のもとに、 独占資本の特別運賃輸送や赤字線区の建設、借金をさせての膨大な工事計画などで採算の合わない政策 を押しつけるために、労働者の犠牲による合理化を徹底してやろうとしてこの案が作成されました。輸送力は四十六年には二百五十万キロに達するわけですから、増員こそ必要なのに、このような提案は、首切り、労働条件の低下を招き、安全輸送に影響を及ぼすものではないか。 この後も、批判は続くのですが、傍線の部分は、国鉄発足当初からずっと言われ続けてきたことでもありました。 この辺は社会党の質問と言うこともありますので、ある程度割り引いて考慮する必要はありますが、赤字線区の建設や借金させての膨大な工事計画というのは、其れに見合う利子補給なり、建設公団からの無償貸付もしくは低利の貸付と言った方向性を見いだしていたならば、また違った側面を見せることになっていたかも知れないですよね。   にほんブログ村 にほんブログ村  ***************************************************************** 昭和四十三年一月三十一日(水曜日)    午前十時九分開議     ************************ ○議事日程 第三号   昭和四十三年一月三十一日    午前十時開議  第一 国務大臣の演説に関する件(第二日)     ************************ ○本日の会議に付した案件  議事日程のとおり     ************************ ○議長(重宗雄三君) 諸般の報告は、朗読を省略 いたします。     ************************ ○議長(重宗雄三君) これより本日の会議を開きます。  日程第一、国務大臣の演説に関する件(第二日)。  去る二十七日の国務大臣の演説に対し、これより順次質疑を許します。椿繁夫君。    〔椿...