東海道本線鶴見事故の事故報告書後編となります。
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鶴見事故は起こるべくして起こったと言うよりも予測不可能な事故であったと言えるわけですが、競合脱線という言葉がこの時初めて提起されたわけですが。
結局、最終的には複合的な要素があったとは言え、どれが確実な原因と言うことは特定できず、最初の脱線を引き起こしたワラ1(走行試験を省略)していたことに対する非難はあったものの、最終的にワラ1そのものに問題があるとは言えず、車輪踏面の改善などが行われ、昭和59(1984)年の貨物輸送のシステムチェンジが行われるまでは、二軸貨車の中核として活躍することとなりました。
ワラ1形貨車 画像 Wikipedia |
Ⅲ 事故発生の背後的問題
1 類似事故の究明不足
先に述べたように、
今回の事故の原因はいまだ最終的には究明されていないが、 過去においても類似事故が相当数見受けられる。
国鉄の脱線事故は、昭和27年以降は年々減少してきたが、
なお最近5箇年間の列車脱線事故のうち、その原因が線路と車両とに関係があると思われるものが69件あり、このうち、主体原因が不明確で線路関係と車両関係のそれぞれの条件が競合して悪作用した結果であるということでその原因を処理したものは9件を数えている。
このように、
主体原因が不明確のまま競合事故として処理されたものがいまだあることは、事故の原因の究明が部分的なものにとどまり、総合的あるいは動的は握に欠けるところがあつたことによるものといわざるを得ず、このようなことが今回の事故原因のは握を困難にしているものと思われる。
なお、事故の原因を究明し、 これが対策を発見するためには、 多数の事故を統計的手法により分析整理することが効果的であると思われるので、 今後実効的な解析の推進に努力する必要がある。
2 線路と車両の総合的管理の不足
国鉄では輸送の安全を確保するため、 運転、 施設、 電気、 車両等それぞれの分野において、 専門的に深い研究を行なっており、 高度の技術水準にあるが、これらを総合した研究特に線路と車両との動的関係においての総合的究明には不十分なものが見受けられる。
線路においては、部分的には車両の動的影響の測定も行ない、
また最近、高速度軌道試験車により車両運転状態における軌道の変位測定が可能となったため 動的状態の管理も若干採り入れられており、
さらに昭和38年10月より橋場線において線路と車両との関係の総合的は握の実験に着手している。 しかしながら、現状においては、
線路等級別に定められた整備目標に基づいて整備を行ない、
主として線路上に車両が走っていないときの静的状態における軌道管理を行なっているに過ぎない。 他方、 車両については、
新形式の設計製作にあたり量産に先行して試作が行なわれ、 車両の一般性能のほかその動的性能についても確認することが行なわれてきたが、
貨車においてはその追求に欠けるものがあつたと認められる。 また、車両の保守管理の状況を考察すると、
検査、修繕の際の車体各部の寸法的限度および各部品の機能的基準は規程により詳細に定められ、この範囲における整備は良好に行なわれているが、
走行状態を考慮した保守についての配慮が欠けているものがあり、車両と軌道との動的状態における総合的管理が不足しているものと判断される。
これを要するに、 線路と車両の両面よりの動的関係を解明し、 走行安定度を測定する尺度を見いだし、この安定限度内における線路と車両の双方の調和のとれた動的管理を実施すべき努力に欠けるところがあつたものと判断する。
なお、車両の走行性能については、 個々の車両としてだけではなく、車両列としての解明が必要であり、 特に曲線部において問題があると思われるので、今後この点についての研究が必要である。
3 列車ダイヤのちゆう密化
今回の鶴見事故が多数の死傷者を出す重大事故となるに至つたのは、最初の貨車が脱線後、関係者の列車防護がなされたにもかかわらず、引き続いて上下電車が衝突したことによるものである。
この事実から国鉄は輸送の安全性を無視してダイヤを組んでいるのではないかという疑義が生ずるが、この点に関しては国鉄は信号機による運転規制を厳格に行なっており、 単線区間 複線区間ともに安全を無視したダイヤをもつて輸送を行なっている事実はうかがえない。 しかしながら、 輸送力を極限まで利用しているため、 輸送に無理が生じているのではないかという点については、昭和37年度を昭和11年度に対比してみると、 輸送人トンキロは約4.6倍となつているが、 車両は総車両長で約1.7倍、 線路は軌道延長で約 1.3倍に過ぎず、輸送設備の不足は、 列車編成の長大化、 列車回数の増大、 列車のスピード・アップ等でまかなってきたものであり、 このため列車の混雑度は増加し、 また線路も容量の極限まで利用し尽くされ、 ダイヤがちゆう密化したため列車運転の安全度を低下させていることは明らかである。 すなわち
(1) ダイヤのちゆう密化によりダイヤが乱れた場合の影響は大きくなり、これに伴う取扱いの錯そうが運転事故発生の素因となる。
(2) 列車回数が増加すれば当然隣接線相互間の行違い回数も激増するので、 それだけ隣接線間の事故発生の機会も増す。しかも、 隣接線相互間に起こる事故は正面衝突に近い形で発生するので結果は重大となるおそれがある。
(3) 1個列車当りの乗車人員が激増しているので、不幸にして事故が発生した場合には従来に比較してその被害は大きくなる。
以上のように、 列車ダイヤのちゆう密化は列車の安全確保上大きな問題を内蔵するものであつて、 今回の鶴見事故の結果を重大化した背景となるものであると考えられる。
国鉄では、 日本経済の高度成長に伴う輸送需要の増加に対処するため、昭和32年度から第1次および第2次5箇年計画を実施して線路増設を主軸として輸送力の増強を図ってきたが、 輸送需要はその計画を上回る状況であったため、輸送の弾力性を圧縮して輸送力を設定することにより需要をまかない計画を上回る輸送実績をあげてきた。 さらに、第2次5箇年計画における線路増設の進ちょく率は昭和38年度計画を含めて3箇年間で45% に過ぎず、その計画どおりの遂行さえ困難となつている。 したがつて、このような状況にある限り、列車ダイヤのちゆう密状態にもかかわらずその緩和について実現が図られ得ず、国鉄の基本的使命である安全の確保を期し難いものといわざるを得ない。
Ⅳ 対策および今後のあり方
今後国鉄のとるべき対策およびあるべき姿について言及すれば、次のとおりである。
1 国鉄のとるべき対策
(1) 国鉄は可及的すみやかに列車脱線の素因を減らし事故の被害を最小限にとどめる努力をなすべきであり、このため護輪軌条の増設、 レールおよび車両用の塗油器の増設、 貨車偏積測定装置の増設、 車両用信号炎管の取付けならびに防護スイッチの増設を強力に推進すべきである。
また、軌道保守の動的管理を発展させるため、 高速度軌道試験車を増備し、軌道の状態に起因する横圧、 輪重を測定するとともに、軌道の動的検測を行なうべきであるなお、不良動揺貨車摘発のため、 輪重および横圧の地上測定装置を適当箇所に設置すべきである。
(2) 線路においては現行の管理方式を改めて動的かつ総合的に明確にされた保守限度を設け、その限度内に常に整正保持されるよう管理する必要がある。
特に脱線は過去の資料によれば曲線部において多く発生しているので、曲線部の早急な対策が望ましい。
(3) 車両においては、 動的状態を考慮した設計基準ならびに保守基準を検討すべきであり、 なお、車輪踏面の形状をレールの頭部形状とともに、この際、新らしい観点より再検討する必要がある。
(4) 新形式車両に関する走行試験は、走行中の安定度の確認にひっすの条件であると考えられるので、 今後の新形式車両の開発にあたつては、その試作試験の過程において空車、 積車を問わず、 走行時に起こりうべき偏重、線路状態に基づく振動性能、 横圧・輪重の変化等を十分に検討し、しかる後に量産にはいるべきである。
(5) 列車の運転状態を明らかにして、 乗務員の運転作業を指導することにより事故防止を図り、 また、 事故発生時において当時の状況のは握を容易にするため、 記録式速度計の整備について検討する必要がある。
(6) 事故が発生した場合に、 近接列車に緊急手配をとらせるために、 列車、駅、踏切および保守の関係者が直ちに防護警報を発しうる防護無線の取付けを促進するほか、 さらに障害警報装置等有効適切な隣接線防護設備の開発についても特段に努力する必要がある。
(7) 複線区間全般にわたつての線路間隔の拡大については、巨額な工事費を要しその実施は困難と認められるので、線路増設工事などを行なう場合に曲線部において特に事故の結果が大きいと予想される箇所について、可能なものは線間拡大を行なうべきである。
(8) 踏切事故は、列車運転の高密度化および自動車の激増と大形化に伴い、併発事故の発生を引き起こして結果を重大化するすう勢にある今日、 特に複線以上の区間における踏切事故防止対策は一刻の猶予も許されるものではなく、早急に無防備の踏切を無くすよう努力すべきである。
特に、踏切の立体交差化、 統廃合および交通規制については、 関係ある省庁および地方公共団体の協力がなければ実施が困難な状況にあるので、閣議決定等の強力な措置を要望すべきである。
(9) 輸送力の不足と事故の発生とは一体不可分の関係にあるので、主要幹線をはじめあい路区間の客貨分離を含む線路増設を強力に推進し、 ちゆう密化した列車ダイヤを緩和して輸送に弾力性を付与することが根本的な対策であるので、今後この対策の推進に特段の努力を要望する。
さらに、大都市の通勤輸送はとみにひつ迫し事故防止上ももはや現状のまま放置できない問題となっているので、 当面時差通勤をさらに強力に推進するとともに、その根本的解決のためには、国は都市計画ならびに交通計画等総合政策を確立することが緊要である。
2 国鉄の今後のあり方
(1) 国鉄が今後事故の絶滅を期するためとるべき対策は前項において述べたとおりであるが、これが推進を図るためには保安の管理について新たな立脚点にたつとともに、国鉄のもつ技術力を総合結集することがまず大切であり、また三河島駅事故に対する特別監査報告書で述べたとおり、 輸送増に対する要請と安全確保との総合的視野にたった判断と施策が必要であるが、物的施設の面については、 日本経済の成長テンポに対応して必要な計画が樹立遂行されるよう図られることが絶対に必要である。
(2)先にも述べたとおり、 国鉄では, 昭和32年以来5箇年計画を実施し、安全、確実、迅速、便利な国鉄たらしめるべく努め、国鉄がになう公共的使命の達成に努めてきたところである。 しかしながら、 経済成長のテンポに対し計画は常に過小であるとともに、 実際の進ちよくはさらに計画を下回る実情である。
(3)国鉄の5箇年計画実施の推移および日本経済の高度成長のテンポにかんがみ、 現行5箇年計画は万難を排して完遂を期すべきであり、 さらに、 ますます増大する輸送需要に対しては新たな規模をもつた計画の樹立が必要である。しかし、これには巨額の投資と長期の工期を必要とするものであり、もはや国鉄のみでは解決しうるものではない。 広く国家的立場からの強力な交通政策とそれに基づく国としての国鉄輸送力増強政策の確立が緊要である。 国鉄は、このような計画およびその完遂を通し、 線路増設による列車ダイヤのちゆう密状態の緩和を図り、 その他保安対策を推進してこそ基本的使命である安全の確保に万全を期することができるものである。 安全の確保なくして国鉄の使命達成はあり得ないことについては多言を要しないところであり、 国鉄は創始以来重点として事故防止を図ってきたところであるが、 なお依然として重要問題であることは、国鉄の輸送力の増強、ダイヤのちゆう密化等による国鉄運営の高度化、 新技術の導入による設備の近代化等にかかわらず、業務の態勢がこれに対応するものとなっていないことにあると思われる。
このことを効果的に改善するのには、国鉄の機能および技術の高度化に対応して各部門の能力が最高度に発揮されるとともに、これが総合力として結集されるがごとき国鉄業務の態勢が必要であると判断される。 これにより先に述べた線路と車両との動的関係の総合的管理も実効的なものとなるものと考えられる。
今回の鶴見事故は国鉄の現段階的実態からすれば遺憾ながら不可避的性格のものと判断されるが、国鉄においては鶴見事故以降累次にわたり職員の直接の責任に起因した悪性事故の発生をみている。 この種事故については、三河島駅事故以降あらゆる対策を講じ、 同種事故の再発防止に努めてきたところであるが、依然としてその跡を絶たない事実にかんがみると、 三河島駅事故以降とられた対策にもなんらかの欠陥を内蔵していたものと判断せざるを得ない。最近のこれら一連の事故は、 作業に憶測を加えまたは惰性的な作業の仕方に陥り、よって生ずる結果の重大性についての認識を欠いていたことによるものと判断される。国鉄の業務は毎日多数の生命、財産を扱うまことに高い公共的使命をもつたものであり、国鉄職員は、この重大な責任を肝に銘ずるとともに、高い誇りをもつてその業務に当たる必要がある。 ここに国鉄職員の使命があるのであつて、この使命感を日常の作業動作においてもおういつさせるがごとき高いモラールを要求されるものである。
国鉄は今後あらゆる方策によつてモラールの高揚に努めるべきである。
Ⅴ むすび
一昨年5月の三河島駅事故に関し、 本委員会は、国鉄は今後かかる事故を二度と起こさざるよう安全の確保について万全の施策を講ずることを強く要望したところであるが、その後1年有余にして、今回またもや鶴見事故のごとき重大事故が生じたことは、まことに遺憾である。
国鉄は、この際そのよつてきたる原因について深く反省し究明するとともに、今後はより総合的見地から、 事故防止の要ていを適確には握し、それに対する諸施策を果敢に遂行して、すみやかにその公共的使命を達成し、国民の期待にこたえることができるよう、 国鉄の全部門を結集しその総力をあげて事に処することを切望するものである。
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別紙
鉄 保 第 1 9 4 号
昭和38年11月11日
日本国有鉄道監査委員会委員長
岡野保次郎 殿
運輸大臣 綾部健太郎
東海道本線鶴見・横浜間における運転事故原因に関する特別監査について
このたび、 東海道本線鶴見 横浜間において、 多数の尊い人命を奪う大列車事故を惹起した。
国鉄においては、昨年5月常磐線三河島駅における事故にかんがみ、 運転保安対策を強化し、 輸送の安全確保に鋭意努力してきたところであるが、 今回再びこのような惨事を見るにいたつたことは、 まことに遺憾である。
よって、貴委員会は、すみやかに本事故の原因を究明し、その結果を報告されたい。
別紙
技術顧問名簿
沼 田 政 矩 早稲田大学第一理工学部、 第二理工学部教授
兼 重 寛 九 郎 原子力委員会委員、東京大学名誉教授
藤 高 周 平 東京大学教授、東京大学生産技術研究所長
出典:国鉄監査報告書昭和38年
事故の概要は、国鉄があった時代参照
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