【はじめに】 本記事では、昭和23(1948)年に運輸省の部内誌『交通』へ掲載された長坂眞一氏の論考「国鉄人事行政への構想 —特に国家公務員法を中心として—」の新字体翻刻を掲載いたします。
昭和23年当時は、GHQ占領下において国家公務員法が施行され、翌昭和24年の「日本国有鉄道(公社)」発足に向けて、国鉄が官庁組織から独立した企業体へと移行する過渡期にありました。
著者の長坂眞一氏は当時、大阪鉄道局総務部人事課に在籍しつつ、国鉄労組大阪支部総務計理協議会議長を兼ねていた人物です。官庁の現場実務者であり、同時に労働組合の要職にあった著者が、米国TVA(テネシー川流域開発公社)などの公共企業体モデルや、アメリカ流の職階制(メリット・システム)を取り入れながら、「いかにして封建的人事を排除し、能率的かつ民主的な国鉄経営を成立させるか」を論じた、戦後鉄道史・行政管理史において大変貴重な一級史料です。
記事本文(昭和23年7月号)
国鉄人事行政への構想 特に国家公務員法を中心として
長坂 眞一
一、まえがき
本年七月一日から愈々国家公務員法が実施されるが、この法律は、我が国の明治維新以降種々の官吏法が成立していたすべての機能を包含しながらも、尚その根本的理念は、全く新しい民主主義国家の公務員としての義務と権利を規定した画期的な官吏法典であつて、その内容もアメリカのCivilService Act,にその範をとつているものと言える。
その中で人事委員会及び服務に関する規定は七月一日から、それ以外の規定は別に法律又は人事委員会規則の定めるところにより、その実施の可能な限度において逐次これを実施することになるが、国有鉄道との関係において最近各方面で色々論議されている。この法律の施行と併せで特に注目される点は、官庁人事行政の将来の方向づけを如何構想すべきかであつて、これが当面の大きな根本課題として前面に横たわつていることである。
そのために先づ考えねばならないことであり、且つこの間題の終局を決定する要素となるのは、国有鉄道が国家公務員法と如何なる関係に立つかと言うことである。即ち国家公務員法の規制にどの程度拘束されるか、或はこれとは別個に独立の法形式をもつた単行法で規定するかの問題であり、法律の第二条において規定している如く、国家公務員を一般職と特別職に分け、一般職に対しては、全面的にこの法律を適用するが、特別職である現業庁、公団、その他これ等に準ずるものの職員で、法律又は人事委員会規則で指定するものに対しては、この法律の改正法律によって別段の定がなされない限り適用されない、若し国有鉄道が現業庁であると指定された場合には特別職となり国家公務員法の適用からは除外されることとなるが、その現業体であるとする範囲は明確でないし、又改正法律で別段の定めをすれば国有鉄道にも適用されることとなるが、これ等の点は政治的な含みや、事務的な執行面において、将来の人事行政上の取扱における重大なる基盤であるから、その方向の決定も極めて慎重であることを要し、特に将来決定せらる、職階制、試験、任免、給与、能率等の諸制度も国鉄経営の能率的運営の強力な「環として最も合理的な基礎の上に築き上げなければならないのであるから、拙速にこれを決定することは危険であり、向充分な討議を要するところである。以下人事行政の民主的、能率的な運営の部分的乃至は側面的な方向から、国家公務員法を中心として、職階制その他二、三の点について極めて断片的であるが、私見を述べて見たい。
二,国家公務員法と国有鉄道の関係について
国有鉄道はその経営の主体から言へば、これは運送事業であり、これと同種の企業は現に民間にても行はれ、又行はれ得べき性質のものである。これを国家企業として経営するに至つた理由は、明治以降の対外開係に基く、国防的、軍事的必要のための一元的輸送の可能性をねらったものであつて、西欧諸国及びドイツの国有鉄道とその軌を一にしているが敗戦後憲法により戦争を放棄した今日においては、軍事的輸送の目的のみによる鉄道経営の国有化は、その意味がないとしてる、企業経営の総合的運営と自主性を保つためには、現在の日本においては国有企業として存続せしめる理由も充分にあり、これを単に官僚主義思想温存の理由のみを以て非難することは妥当でなく、経営面の総合性と自主性を発揮し、維持する上において国有論の成立つのも充分認められる。
然し現在の国情において国営企業としての国鉄の特殊性と、更に国鉄内部機構の特殊な性格は、特に人事行政の上において、他の一般行政官庁と同一に取扱うことの危険であることは、常識的にも容易に背づける。
そこで、この特殊な官庁である国有鉄道は、国家公務員法上、如何取扱はれるべきであるかが当然問題となる。国家公務員法上の一般職とは取扱を異にすべきは当然法案立案の当初より予想されていた事であり従ってこの点においては官庁としての国有 鉄道の特殊な性格に基いて政府機構の組織体の中に、特に特殊企業官庁として法的に規定されない限り、当然国有鉄道公務法とも言うべき新しい法律が制定されることが予想される。(例へばアメリカの Govern-ment Corporation と講せられるもの及びTVA、Tennessee Vallery Authority等)法律制定の当初より立法部においても第二条に規定する特別職、特に現業庁、公団その他これ等に準ずるもので法律又は人事委員会規則で指定するものに対しては、特別に別個の法律を制定する意向であつたが、やはりこれ等の考え方も現業官庁としての一般行政官庁のもたない公共性と企業経営の面よりする運営の弾力性、伸縮性を考慮したものであると考えられる、例へば米国のガバーメント・コーボレーション(Go-vernment Corporation)と言われる種々の公共企業体においても、大統領の最高人事権に対する強力な統制は別として(例へばTVA)政治・行政・人事管理及び財政における強力な自主性と自発性をもち独立決定権をもつている。このことは一九三三年四月TVA法の上程に際してルーズベルトが議会に送つた特別教書の中にも述べている通り、これ等のバアーメント・コーボレーションは「政府の権力を備えながら、尚民営事業と同様の柔軟性と自発性を兼ね備へ」(Olothed the power of governmont'but Possessed of the flexibility and ini-tiative of a Private enterprise,)(?民米国のガバーメント・コーボレーション法律時報第215号)なければならない経営体であって、結局企業の主性に基く独立の政府機構であることを意味しているのであ
り、公務員法(Civil service act1883.)はもとより、人事委員会(Civil service co-nmission)や連邦政府の職階法(Classifi-cation aet 1923.)の適用は全然うけず、独立の法形式をとつている例もある。
企業経営が独立の法規によつて能率的に運営されることは、これ等の実例によらな
くても理想的な方法の一つであろうが、これは完全なる民主主義社会と、均衡のとれた経濟社会におけるコーボレートフリーダム(企業の自由)を事有し、保障され、又その社会の構成が完全な能力を有している場合に可能であるのであって、翻って我が国の現状を見ると、国家財政的にも、社会的環境においても到底至難のことであろう、特にアメリカにおいてさへ十九世紀までの猟官制制度(Spoils System)から、現在の成繽制度(Merit System)への変転の過程において、種々封建的官僚群が相当跋こしていた弊害を痛感し、幾多の教訓と試練を経て漸く今日の成績主義の完全な発達にまで進んで来たのであるが、企業官憲が連邦政府と独立して別個の行政機能を発揮し出したのは第一次大戦後、主としてニジューデイール政策以後のことに属する。
このことを思えば、我が国のように敗戦の結果、外国から配給された民主主義思想がまだ国民の血肉となっていない今日、然も封建的色彩と、独善的傾向と、派閥的情実の最も強い官僚に対し、今直ちにアメリカのガバーメント・コーポレーションの如く、政府の統制を全く離れて独立の法律に基く弧立的な行政を期待することは決して企業行政乃至は人事制度の民主的能率的運営をもたらす所以とは現在のところ考えられない。
この事は更に民主主義の奔流に古いものはどしどし押し流されて行く今日においても、独り宮僚の封建性のみがその大きな防堰となつている事実を知らされる。
そこで官吏制度の基準法である国家公務員法と、国有鉄道と如何関係せしめ、如何取入れるべきかと言えば、以上の例は別としても尚次のようなことが考えられる。
(一)国有鉄道を特別戦として公務員法の適用をうけない。この事は当然一般職と特別職の範囲を別に定める事になる。
(二)公務員法をそのきま適用する、これには次のことが考えられる。
イ、法律又は人事委員会規則で別段の定めをなすまで公務員法を適用する。
ロ、或る限界(例へば管理部門と現場部門)で一般職と、特別職に分け、特別職には適用しない。
(三)公務員法の適用はうけるが、国有鉄道の企業の特殊性による人事行政の弾力性と柔軟性を維持するため、人事委員会規則で別段の定めを設ける。
以上のような論議の重点が考えられる。
が、(一)の所論の立つ所は、企業官庁は企業の能率的経営という面から別個の原則によるべきであり、従って職階制、任免、試験、給与、分限、保障等る一般職とは別個の法制によるべきであるとするにある。
尚企業運営の中福たる人事管理の問題は企業の消長に応じ、企業自体に附期すべきであると言はれているが、然しこの間題は前述の如く人事委員会の制肘をはなれ--或は特別職がどの程度の干渉をうけるかは将来の法制にまつのであるが--国有鉄道独自の立場で決定することは非民主的な人事行政の温存を意味し、他面労動攻勢にも抗し切れない結果となり、膠着した人事行政に禍されて派閥情度の弊答を拂拭することができないことが予想せられる。成る程現業官庁としての特殊性により一般職とは別個の法形式をもつことは結構であるが、そのこと以上の弊害をかもし出すことは現在の国鉄人事行政の一端を見ても痛切に感じられる。
このことは更に各官庁職員の人事制度の客観性、均一性を維持するためにも国家行政の立場から見て必ずしも妥当でないものと考える。これは将案日本国民の間に咀嚼された民主主義思想が完全に血肉となって現はれ、官僚群が民主主義の骨髓に徹し、民主的人事制度の相客な訓練と教育を経た後において可能の事であり、その時においてこそヒューマニズムの人事行政を伴つた新しい企業社会が出発することを期待するものである。
(二)は将来特別職として別個の法律をもつととを予想しつつ、別段の法律を以て漸定規定を設け、それまでは一般職として国家公務員法の適用をうけるのであるが、この所論は意味のない結果となり、一般職から特別職への切替への時期の世論の動向が問題であり、又事務能率の訓練と切替への手続に摩擦と障害があることが考えられる。
国家公務員法は公務の民主的能率的運営を積極的に確保することが目的であつて、このような慣例でも、或は現業のままでも運営さえよければ公務の民主的能率的運営ができるではないか、というような消極的態度は許されないのである。積極的に民主的能率的な行政方針を確立し、進んで掴み取ることが要請されていることをよく銘記しておかねばならない。
そこで現在の段階において最も適当な方法として考えられるのは(三)の方法であろうか。
これは国有鉄道の大部分は一般職となり、特殊な臨時雇傭者及び試雇の使用期間中の職員に対してのみ特別職とし、公務員法によらず民法上の雇傭契約によるべきであろう。
然し国有鉄道を一般職として規定するとしても、尚企業の合理的運営と自主性に基く人事行政制度の機動性を維持することは経営能率の上から見にも最も必要のことであると共に、人事交流その他の観点から見ても国家行政の客観性と均一性を保持することが絶対必要条件となる。そのためには或一定の限界(例へば現在の二級官程度又は特定の官職以上)を示し、それ以上の人事行政については中央政府の人事の一元化に沿うため或程度人事委員会の制肘をうけることは当然であろうし、それ以下の職員の人事については企業の機動的運営を行うため、機関の長である運輸大臣に事務的権限は委譲することとし、能率的人事行政の運営方法を発見することが必要であると考えられる。
然らばこの方法の実施は法律的に如何にして可能となるかと言えば、この公務員法 に一貫して流れている所の規定内容はアメリカ法学の特徴である一般原則的標準を示しているのみで、法解釈の上に極めて広い弾力性と柔軟性があり、従来の日本の法制の如く大陸法形式の画一的限定的規定を定めたものでなく、大きな融通性を含んでいるため解釈に相当餘裕と幅があり、時宜の情勢により法律の適応性を適宜伸縮せしめることを容易ならしめる方法と手段を講じ ていることを特に注目すべきであつて、又法律運営上の手続としても、これ又大胆に然も勇敢に人事委員会規則にあらゆる条項の大幅の権限を委譲していることに注意しなければならない。
故にこの人事委員会規則の中に国有鉄道の一般行政官庁と異る例外的な特別取扱規定を定めることが人事管理の運営上最も簡易にして有効なる方法ではなかろうか。
三、職階制
民主主義国家における公務員の人事管理の基礎はメリットシステム(成績主義)による職階制が確立されていることが絶対の条件である。
即ち従来の我が国の官吏制度はその機構はもとより、官僚自身の行助に対しても独善であり、非能率であり、實任回避であり、形式主義であり、机上プランであることが一つの官僚的理念の型として是認せられ乃至は非難され、官僚の代名詞にさえなつていた程である。
この事実は中世以降の藩閥政治の封建思想がそのまま天皇の官吏として国民を指揮、命令し、絶対権の下に合理的な服従を餘儀なくされていた官尊民卑の思想に胚胎する伝統的な官僚意識の餘影であつた。然し新憲法の下では官吏はこのような天皇及び天皇の政府に奉仕する勤務観念をもつていた封建的な存在から、国民全体の奉仕者としての公僕にその姿も内容も一変したのである。この大きな思想的変動に対応するための新しい機構と制度が必然的に必要となつて来るのは当然であろう。
従来の絶対主義思想の下においては官吏の採用、任免、昇進等のすべての人事管理は上級官吏の独裁と派閥、学閥、年めによつてのみ行われ、本人の業務の内容、責任の程度、能率成績という本質的な事務能力の評価は第二義的価値しかもたず、或は独断的感情の前に全然顧みもれなかった。従つて給与もその仕事に対して決定されるのではなくして、その個人的特性に対して決定されていたのであり、封建的身分的(現在でも存続している)昇進が唯一の目標であり、この昇進によつて素人が転々と組織体の中を泳ぎ廻ることが官吏の栄進としての憶れの的であつた。このような制度にお、いて如何に能率の向上、事務の専門化を叫んで見ても実のないものであつて、人事管理の合理性と国民への最良のサービスは期し得られないのは当然のことであった。
然るに職階制度の下ではこの封建的身分的な人事制度を一てきし、「同等の仕事に対しては同等の給与を」(Equal poyEforEqualwork)の大原則に基いて、専ら本人の所掌する職位の内容、困難性、複難性、責任の程度、その職位に必要とする資格要件(学歴、経歴、熱練度等)を精細に分析して各職階に格付けし、明確な責任主義をとると同時に相応の種限を与え、又昇進・昇給も従来のような年功による自動的な昇進制度をとらず、本人の能率成額を基礎として全面的に人事行政の運営方式を成績主義にとることとなる。公平で能率的な然も合理的基礎の上に立たない人事行政は所謂情実による弊害を温釀し、意をすてて情に走る結果となり、個人的或は政治的壓力に左右され、封建的・歳官主義に墮してしまうことは一九二〇年代までアメリカが如実に体験した実例である。アメリカがこのような獵官制度を否定して成績制度を基調とし、「同等の仕事に対しては、同等の給与を支拂う」原則を打建てたのも大きな理由があり決して偶然ではない。
職階制度なくしては合理的な任免も試験も給与も成立したいことを過去三十年の歴史が如実に物語つている、一八〇〇年代から、職階法の制定を見た一九二三年までのアメリカにおいても決して合理的な人事行政の運営は出来にいたかったのである。幾多の訓練と試練を経て今Fの全面的な成績主義に基く人事制度が確立されたのである。
日本においても最近特に官民間において職階制度の問題が高く取上げられ、関心がよせられているが、国家公務員法においても公務の民主的能率的運営を保障する最も有効な手段として第二十九条乃至第三十二条において、職階制は法律でこれを定め、公務員には職階制を実施すべきことを規定して、実施可能の限度において逐次適用することを規定している。然らば国有鉄道に職階制を適用するに際し、一般職となつた場合は実施の上においてこれを如何取扱うべきかが当然問題となるが、その方法として考えられる事は、鉄道の現業官庁としての特殊性に基く種々の要素を主題とした時例を職階法中に設けるか、或はこの一般職階法とは別個の法律を以て録道職階法とも言うべきものを定むべきかは、鉄道が一般職に指定されたことと決して予盾はしない。むしろこの方法が実情に適しているとも考えられる。アメリカの連邦政府の文官に適用する職階法(Classification act)は一般に政府職員に共通に適用せられているが、現業庁である郵務省職員に対してはワシントンの本省勤務の職員のみ共通法を適用され、現業部門は別個の職階制をとつている例がある。然し国有鉄道の場合は常に人事の交流もあり企業の一貫性と総合的な 自主性が必要とされるから、現業と切離した法律の適用は不適当であり別個独立の職階法を設けるべきである。
試みにアメリカの連邦政府の職階法の一部を紹介すれば、職階法で定めている職種の分類の範囲はサービス(大分け)に止まり、それ以下の分類であるグルーブ(中分け)及びシリーズ(小分け)は法律には規定されていない。中分以下は整理の必要上夫々の官庁で分類されている。これは職階の含む職位及びクラスの内容が決して恒常的なものではなく、絶えず変動するものであることによる。
アメリカの職階法によるサービス(大分け)を示せば、
一、専門科學職種 Professional Seientific service. (P)
二、書記的、行政的、會計的職種(Clerical, administrative and Fisical service. (CAF)
三、補助専門職種(準専門職)Sub Professional service. (SP)
四、技館、防護、監視職種 Oraft Profective and Custodial service. (CPC)
五、機械的書記職種 Mechanical Clerioal service. (MC)
以上の五っに分類しているが、専門科学職(P)の分類方法の一部を例示すれば、十六頁の表の如くなる。
この符号の意味は(十六頁参照。)
即ち(P)は専門科学職種を意味し、中分けは数字の100の倍数を以て職群を示し、経済学及び政治学職群を100とし、教育職群を200とし、人類学及び博物館史職群を300とし、農学及び生物学職祥を 400とする如く、又小分けは(1)を単位として機械学を(1)、航空工学を(2)土木エ学を(3)、農業工学を(4)とするが如く、等級はそれぞれのクラスの等級を意味し、その職位の内容、責任、複雑性、困難性及び資格条件等を分析して職位の価値により段階を設けたものであつて、その職位の名称と、その職位に対する給与が給与表によつて定まつている。
この等級(grado) はアメリカで採用しているのは概ね七階段であるが、必ずしも七段階に限らずサービスによっては五段階もあり六段階のもある。このクラスの中にある職位はその職務の内容と責任が略同様のものであって、採用の際も同等程度の学歴・経歴・熱練度が要求されるものであり、同じクラス内の職位は同等程度のものであるが、全く同一のものではない職位が一団をなしているのが普通である。
次にアメリカの戦階法の等級別給与は、(十七頁参照。)
これによつて見ても略判る如く現在の日本の官庁職員の人事制度の如く、不合理な
個人的特性による封建性そのままの一級官、二級官、三級官の身分制度を中心とした給与制度、とりわけその昇進制度な職階制の中には全然その姿は見うけられなくなるのであつて、組織体の中に於る段階の昇進のみに限られず、職種による系続的昇進制度が確立されることになる。従つて従来のように組織の段階を追って昇進する制度においては結局行政者、経営者の職位が最高の昇進の道となるため、高位高官に向つてこの競爭のみが昇進の原則となり、目標となり、(鈴鹿氏米国公企業の人事管理について五八頁)その職種の専門家ということは成立ち得ないし、又その機会にも恵まれない結果となる。職階制が実施されると、この組織体の中の段階の昇進は、本人の成績によつて可能となることはもとよりの事であるが、階級制の社会(Hiererchy)特に或一定の限られた数に制限をうけることは当然である。所でそれよりももつと重要な昇進政策の他の方法は、その戦種における専門科であり、その専門化を通じての終身制度(Career System)である。同一職職の間で組織の段階を昇るのと同様の昇進方法が本人の成・能率によつて公平に、しかも合理的に行われるようになる。
職階制を実施する最も基本的な効果は、合理的に給与も決定され、成績主義に基く昇進も公平に行はれるが、とりわけその主眼とされるものはその職種が専門化され責任の所在と権限が明かとなり、仕事に対するはげみ(Ineentive)を発見し事務能率の促進が自ら可能とがって来ることである。
従ってそれに基く人事行政の極めて合理的・科学的な運営が行はれることは容易に判断ができる。
そして新しい人事行政の基盤としての職階制の確立に伴い、最も重要な役割を演ずるのは試験制度である。この職階制が確立されると採用試験も昇進識も又能率評定 の考課も、自らその標準と手続が決定され、一貫した能率的な人事行政が運営できることになる。
国有鉄道における職階制の内容は具体的には政府としてもまだ立案の構想を練つている途上であり、如何なる仕組で出来上るかは予想できないが、前述の如く国有鉄道の職階制制定に当っては、他の一般行政官庁とは異る特別の組織体と業務内容に郎して、極めて具体的事じに基いた緒果を生み出すことが絶対に必要である。そのためには他の一般官庁の職階制とは自ら別個独立の職階法を制定し適用するのでだければこれ等のことは期待できないのではなかろうか。
又その制定の形式においても、純然たる管理部門と現場部門との取扱いを分離することも一案であろう。前述したがアメリカの郵務省もこのように定めている例もあるし、又TVAも同樣独立の職階制を定めている。
今茲で職階制の制定手続の詳細を述べることは許されないのであるが、唯職階制度の制定について先づ振初の段階において最も入念に精細に開査研免を要するものに現状調査の過程があることを述べておきたい、これは調査に当つて現業調査官のみの努力では絶対に成功しないのであつて各職員は勿論のこと、その職員を直接・間接に、監督又は指導している者の協力なくしては成しとげられないからである。この調査の完全、不完全が、結局合理的職階制度成立のキーポイントとなる。
従来の我が国の官庁人事の考え方からすると、動もすれば基本となるべき現業調査も、その職位と個人との隔連において、或はその個人の現給と職名に捉われて、概念的に感情的に決定しやすい傾向がある。この考え方は授も排除すべきことであって、このような考え方を以て現業調査を行うことは、たとえ職階制は出来上つても内容において信頼性のないさ空虚なものとなってしまうことを充分注意し、現業のありのままを正確に、然も詳細に記述することが必要である。
この現業調査は国鉄のような大きな組識においては概ね各個人及びその上長との協同により質問紙に記入する方法(Qu、stionnaire method)によつて行はれるであろうが、このためには調査官に対する特別な専門的訓練と知識が必要とされることは勿論である。
この質問紙による現業調査の結果により各職位の内容と責任、必要な資格要件即ちその職務の価値が定まり、同じ職種別毎に戦務の価値により序列を作り、各等級に格付けする手続きが職階制度を作る過程となるのである。この職階制が確立されれば、各々の職位が確然と決定し、不要の職位や、空定員というが如きものは存在しないし、又現行の予算定員、官制定員に基く定員の面よりする拘束力も、職階制そのものが定員化する結果になるためその機能は失はれることになる。けれども新規事務の増減に基く場合の職位数の増減による定員の配置は従来通り必要である。(以下次号)
〔大阪鉄道局総務部人事課、国鉄労組
大阪支部総務計理協議会議長〕
記事本文 昭和23年8月号
国鉄人事行政への構想(承前)
長坂真一
四、試験・任免
職階制の制定は従来の独善的人事行政を排除して、真に本人の成績主義を基調とすることは前に述べたが、それを徹底的に完全に、然も科学的に遂行するために試験制度の公正な実施が必要となる。職階制の実施によつて、従来の因襲と、情実と自動的・機械的な採用、昇進政策を政善することはこの試験制度の受持っ重要な要素で、職階制度を貫く大きな支柱である。
国家公務員法においても職員の任用、昇進はすべてその職員の試験の成績、勤務成績によることを原則とし、試験によることが適当でない場合に限り、能力の実施に基く選考によつて行うこととしている。これ等の方法によらずしては如何なる任用も昇進も、臨時的の場合を除いてあり得ない。
公務員法に言う任用とは、採用、昇任、降任及び転任の四場合を指す。採用とは或る職位に欠員が生じた場合、一般社会から公務員志願者を募集して採用することを意味する。昇任とは競争試験或は選考により原則として、その職位と同一の職種の直近下位の職位の在職者の中から選択して任命する場合、又は一クラス内で本人の成績に基いて昇給する場合をも含んでいる。
降任とは反対に同一職種の下の等級に任命することであり、転任とは現についている官職と同一職種及び等級に属する他官庁又は同一官庁の他の部署の職位につくことを意味する。
このような降任又は転任の場合は、免職の場合と同樣職員の競争試験によって行われるのでなく、本人の成績能率による評定によつて決定されることは当然である。
それではその公平な、然も能率的な試験の方法は如何して寅施するかと言えば、我が国の官界においても従来の官吏の採用試験又は資格試険はすべて論文式試験で上は高等試験から給仕の採用試験までこの方式をとり、試験と言えば必ず論文試験を連想されていた。この論文式試験は本人の能力を早速応用することを試すには不適当で、その人の有する知能が将来如何程まで発展し得る能力を有するかを判断する方法として有効であつた、日本やイギリスのような古い国ではこの方法が一般に用いられていたが、アメリカのような新しい国では資本
主義産業国家として即刻有用性を発揮する熱練者を要求する倒向が?かったため試論の方法も、現在如何なる程度の能力を有しているかが重視されていた。従つて試験の方式も篇文式の試験は一般的に採用せず、その目的によつて筆記試験でも即答法実地試験、又は人物試験が重視されていた。
わが国においても従来の試験制度を改革しなければならぬことは、事実であるがこれ等の方法の一方に偏することは、妥当でない。
従来の論文式試験においては出題は容易であるが採点に時間と労力を要し、然もその結県に客観性がなく探点者の主観が多分に得点に影響することになり、能力の測定器としての試験の公平性は期し得られないので、現在アメリカで行われ、最近日本でも高等学校の入学試験に瀬く取入れられて来た即答法が採用されることとなろう。然し論文試験必ずしも全面的に排撃されるべきでなく、その容観性が保も得られる範囲で有数なる方法の一つであることは言うまでもない。
參考に即答法(Short answer method)
の択一式(multiple choice)の問題例を示 すと、
〇公務員採用試験の主たる目的はどれか。
1( )仕事を遂行する能力の予想、
2( )資格のない受験者を除くため、
3( )発達能力の測定、
4( )特殊知識又は熟練の測定、
5( )公務員希望者に均等の機会を与へるため
この五問の中該当するものに×印を附せばそれが答案となるのであるが、この方法は採点は極めて簡単であり、広く色々な問題を出すことのできる利点はあるが、出題者は相当科学的精細な方法により、問題の標準化を確認しなければその效果は減殺されるので、特別に訓練された知識を有する専門家を必要とし、又試験の結果に於で各個人の得点は常に路同程度の成績を示すが如き試験の信頼性と、個人の勤務成績と試験成績とがこれ又略同樣の率を示すが如き確実性を発見する事が重大な要索となる。
従ってこのためには出題数を極めて多数にしなければ公正なる結果は認むことが困難である。職階制の採用に基く試験の制度も、その根本がメリットシステムである以上、従来の論文試験は結果に於に公平と客観性を失うため、この即答法の試験が採用されると考えられるが、それには充分試験の知識と経験を有する專門家が之に当るのでなければ論文試験以上の危険を生ずる。
次に試験執行及び選考の責任者は公務員法では人事委員会規則で定める事を規定しているから機関の長である運輸大臣がこれに当るであろうが、運輸大臣は更に鉄道局長其他の機関の長に委任すべきであろら。
五、任用候補者名簿
任用候補者名簿(Eligible list)は競争の公用試験である採用試験又は昇進試験の結果により、その合格者の中より得点成績に記録された名簿である。これは人事委員会の権限に属するものについては人事委員会が試験を執行し、名簿に記録し、保管することになるが、国有鉄道においては前述の如く一定の官職又は限界において運輸大臣の任免権に委すことになれば、当然その試験の執行から候補者名簿の記録、保管も本省又はそれ以下の機関で行う事になろう。
極端に言えば一連結手の採用試験の執行を人事委員会の限とすべき必要もなく、又一連結手の欠員の補充推薦について人事委員会へ要求することも事務乎続上不可能に近い。徒らな経費と時間と事務能力を消費するが如き法律適用は努めて回避しなければならない。
採用試験は大体公務員の応募者の発生時期、主として学校の卒業期即ち、学校卒業前に募集、採用試験を行らことになり、当該年庭の所要見込数を候補者名簿に記録し、欠員要求に応じ、一人につき五名の候補者を成績額に推薦することになる。推薦をうけた所はその僕補者の中から試験により選択し、適当と思はれる者を任命するが、直ちに恒久的任命をするのでなく、概ね六カ月以上の見習期間をおき、職務の遂行能力の有無を確認し、一定期間の終了と共に恒久任命をする。若しこの見習期間に不適当江条件を発見した時は当然免職される事があるのはこの制度の目的である。
尚この候補者名簿の有効期間は原則として特別の定めのない時は一年で失効することになる。アメリカにおいても連邦政府の規定は一年有効であるが、稀に試験委員会の判断により更に一年間延長することもできる。又その他のステート及びシティにおいては必ずしも一年に限定せず、二年、三年の制度をとつている所もあるようである。
六、給与
職階制が確立されて、この給与は官職の職務内容と責任に応じて、支払われる大原則は、又給与政策の合理的基礎の上に立つ所の「同等の仕部に対しては同等の給与を」の原則である。給与政策決定の根本原理が、同一価値の労働に対して同一賃金であることの具体的な現われは、公平と高さ(水準)にあるが、公平なる給与は職階制の基礎に立ってこそ始めて可能であり、その高さは本人の生活程度を基準としなければならない所に、社会的な問題がある。国家公務員法でも現在の社会的経済的混乱から当然生ずる不合理を認めて現行の家族手当、勤務地手当を廃除せず、むしろこれを現実の資態に即したものにしなければならない。
公務員の使用者は国民全体であり、公務員は国民全体のサーヴアントであるとする民主国家の公務員の性格からすれば、国民一般水準より以上の生活程度を要求することは不当のように思える、然しそのために国民全体の基準より低い生活条件に甘んずることは付不当である。言うまでもなく、人類平等の観念は、賢愚、勤惰同一の悪平等を意味するのでなく、人間としての尊厳、人格の平等、社会的生存の機会の平等を意味し、国民はすべて勘労の権利を有すると言う憲法の規定も働かざるものは食うべからずとする新しい世界史的な道德を意味している。公務員も国民として平等な生活を営むためには民間の勤労者の給与よりも尚低い水準に決定されることは決して妥当ではない。
然し使用者と雇億人は常に給与の面では反対の立場にある、国民は税金の低いことを望み、公務員はなるべく高い水準を望むことはゃむを得ない。この中間に立つ政府は両者の利害を調節して国民の信顔と支持を得る行政を行い、法規を立てるべきである
公務員給与を決定するには法律によつてその準則を制定し、之に基いて支給される事になるが、国有鉄道が別個の職階法をもつとすれば必然給与準則も法律に基き別個独立の法形式をとらなければならない。又法第六十三条にはこの準則に基かない、如何なる金錢又は有価物も支給されることはない、と定めているが、この場合国有鉄道で問題となるのは公務遂行上の被服類、住宅、無賃乗車誰等の取扱である、これがため現在の条件を下げることは不可能であるから、どうしても給与準則に明瞭に然も具体的に定めるべきであろう。
アメリカの一部の例では、物的給与は職務遂行のため必要なものは別として、それ以外のものに対しては現実的評價に基き給与から差引いているようである。然しそのためには給与額をそれだけ増額しなければならないので結局同機の結果となつている。この給与準則には俸給表が規定され、この俸給表は精密な調査と、研究の結果割出された生計費、及び民間企業の賃金その他社会的事情等を考慮して各等級毎の俸給額が或る一定の幅を以て具体的に定められる。
若し将来鉄道が一般職として規制をうけることについて、他の官聴と同様な給与政策の下に拘束をうけるときは、国有鉄道職員の給与の基準が融通性のない、固定したものになるとの非離もきくが、前に述べたように職階法を別個に設置すれば給与準則も同様別個のものとなるべきであり、この非難は解消するものと思はれる。
又現時の社会経済?態ではその準則も決して固定膠着したものでなく、隨時社会経済状態に適応して改変することも可能であることは言うまでもない。
其他給与準則に定めらるべき必要的事項は、
(一)同一等紙内における俸給の昇給の基隼を、勤務時間、勤務能率、その他勤務に関する要件を考慮して規定すること。
(二)その官職に職階制が初めて適用せられる場合の給与に関する事項であつて、現給と職階制の給与とが食い違う場合の調整方法を規定すること。
(三)時間外勤務、夜間勤務、及び休日勤務に対する給与の規定。
(四)特別地域勤、危険作業その他特珠な勤務に対する手当に関する規定。
(五)常時勤務を要したい官職、生活に必要な施設の全部又は一部を官給する官職、其他勤務条件の特殊なものに就て給与の調整の規定。
等であるが、特に注意すべきは給与準則の基準を決定する場合において職務に関係のない事項によつて差別が設けられないことである。
七、能率
成績主義の制度の下においては職員の成績、能率の程庭により嚴格な信賞必罰の制度が要請せられる。能率の売分 なる発揮と、その増進は単に昇進・昇給の一手段としてのみ必要なものでなく、公務員が国民のサーヴアントとして最もよきサービスを行う最少限の義務であって、その成績評定に基いた結果を人事行政の上に導入することがその主目的ではない。官庁の仕事は非能率であり、冗長であり、形式的であるとの非難は現在でもまだその跡を絶たないが---例えば国民が提出する許認可の申請、商品納入者に対する 金錢の支払いにしても、これは鉄道のみでなくあらゆる役所の非能率、形式主義が禍しにいる、このような態度は勢い官庁納入物品の割高を招来することになり、結局このことは公務員自身の上に影響を及ぼす税金の高率となつて現はれて来ることを考えていなかつた。一面この成績、能率の結果は優れた人事行政の資料となる、然し勤務能率の評定制変はアメリカにおいても未だ完全なる尺度としてまでは発達していないが、従来の勘を主とした人事制度の運用に比べれば格段の科学性と合理性がある。然しこれのみを以て昇進制度の資料とすることも現在においては危険であることを考慮して、この考課制度を採用しつつも尚従来の勤続年数その他の資料を加味して行はなければならないことはやむを得ないことであろう。
八、保障
国有鉄道その他の現業官と職員に対して、身分保障の問題は一般行政官庁職員といるが、公務員の人事制度としての将来の昇進過程は組織体の中の段階の昇進のみでなく、同一職種内の專門化が期待され、従つて職種の昇進が組織体の中の段階の昇進程度に必要となつて来る。このような制度(Career system)をとれば当然公務員の身分も保障されなければならず、一般行政官庁はもとより、特に現業官庁職員については特殊な企業運管の見地から要員需給の本質的な問題をも考慮に入れて、別個の保障制度を設けることが必要であろう。この問題は当然停年制度を導き職務の内容に従つて合理的な停年制度の設定を必要とするであろう、然しこの停年制度も均衡をとるためには形式的一率に暦年齢によることも一方法であるが職位の需給、勤務の必要条件、困難性等の要素を特に考慮して弾力性又は選択性を有たせることが必要であろう。
アメリカでは連邦政府の職員に対しては三十年以上勤続した六十二歳以上の者に対しては選択的停年制をとつているが、普通七十歳を停年としているようである。
次の職員の不利益処分に対する審査請求権は自己の意に反して不利盆な処分(降任、降給、休職、免職その他著しい不利益、懲戒処分等)をうけた場合において、その処分証明書を受領した日から三十日以内に人事委員会にその審盗を請求することができることを規定している「公務員法第八九条・九〇条)この不利益処分に対して労働組合の争議行為の発生することは従来の事例から予想せられるところであるが、争議権の行使と、不利益処分の審査請求とは自ら別個の問題であつて両者の性質は本質的に異るが、そうかと言つて決して無関係かと言うと又決して無関係のものでもない。
国鉄企業は労調法第八条によつて公益事業になり、争議による国民大衆に及ぼす影響は他の私企業以上に甚大であり、同法第三十七条でこれ等の公益事業に対する争議処分が明瞭に不当であり、正常な争議権行使の理由ある場合においても直ちに争議行為を愛動するわけには行かない、労調法第十八条第一項乃至第三項の理由による場合に限り労働委員会調停の申請をなし、それが受理された日から三十日間は当然争議行為が禁じられる原則には変りはない。故に人事委員会に対して審査請求をなしている期間はこの問題とは直接関係はなく、又当然争議行為の予告期間でもなければ争議行為抑制の手段でもない。これ等の問題はこの事実審査の確認後において初めて発生する問題である。若し人事委員会においてその処分が事実と相違し、正当でないことが判明した時はその処分の取消変更等の権利回復はもとより、その結果うけた不公正の訂正、給与の補償を行わなければならなくなることも争議行為とは関係なく行われる。
この審査請求は独立の諮問機関か、若しくは人事委員会の公正なる立場で決定することが望ましく、国鉄の場合について考えて見ても法律に独立の諮問機関を設置することが規定されない以上、国家公務員法に準拠して人事委員会の独立公正なる判断に委ねるべきであろう。
九、政治行為の制限と私企業からの隔離
国民に対して最もよきサービスを与えるべき公務員が一党一派の利害のために、又は政治目的のために偏頗な行政を執行することは民主主義国家では許されないことであつて、国民へのサービスを公平に然も忠実に行うためには、原則として政治目的や利害のために無色の存在であることが必要とされる。
このため公務員法においても人事委員会規則で別段の定めをした職員に対しては公選による公職の候補者となり又は政党その他の政治団体の役員となることさえ禁じられている。
これ等のことについてここに詳細に述べる余裕はないが、唯公務員が公選による公職の候補者となることの許される範囲は略々昭和二十二年四月選挙期前に定められた程度で、公務遂行と両立する範囲又は責任ある地位の官職に非ざるものの程変に止むべきであろう。即ち部課長、係長、現場長、助役等の責任ある地位に非ざる者、又は特別の事情があり且つその職務遂行に支障を認められない者か若しくは特殊技能を必要としないもので早急に他の代人を得るに容易な職にある者等に限られるであろう。但し衆議院議員、参議院議員は官吏の兼職は法律上許されない。
次に私企業からの隔離は行政と企業、政治と替利の関連から生げる弊害を除去するための目的であつて、法律の第一〇三条はこれ等の営利企業の役員を兼職したり、又は職員であつた者が退職後二年間はその退職前二年間に在職した官職と職務上密接な関係のある営利企業を代表する地位につくことを禁止し、所謂企業代表者の天降り人事の弊を除かんとしている。このことは国有鉄道に関する面では弘済会、交通公社、日通、その他技術工事会社が挙げられるが、公益法人である弘済会、交通公社はこれにていしよくしないとしても、株式組織の営利法人と見られる日通、工事会社に対しては問題はあるが、然し営利企業を代表する地位であることはそれが法人であれば理事と解釋できるが、理事の要職に就くべき者に対する特別規定を人事委員会の規則の中に設けることは不可能なことであろう。結局特別な例外規定を設けるとすれば国有鉄道という国家事業の運巻に密接な関係があり、その管理監督の方式叉はその程度、最高人事の任免樓の運輪大臣への留保の有無又は政府出資の程度の如何等によつて決定せられるべきであろう。
10、その他
公務員法が実施され、職階制度が確立され人事行政の科学的運替が発足すると、職員のあらゆる勤務条件、勤務の環境の改善等はすべて人事行政の範囲に含まれ、系統的一貫性ある計画の下に運営しなければならなくなる。あらゆる企業組織における合理的運営の中核はその中枢となるプローパーの職能と人事行政及び財政面の独立自主性であつて、これ等三者の専門化に基く総合的な運営にある。
中でもその企業自体を本質的に消長させる原因は国家予算と結びつく財政面でもあるが、それにもまして重要なるスタフサービスは人事管理の合理的運営である。
アメリカのTVAがその創立以来今日までテネシー河流域の七州を含む日本本土の約三分の二に亘る広大な地域に、多角的な生産、開発の経営形態を以て今日の隆盛を来し、連邦政府の特殊行政機認として世界的に国営企業の典型となり、創立以来未だ労働争議なるものを発生した経験のない事実はやはり人事管理の科学性と合理性によるものであり、この原則はいかなる事業、如何なる国家にでもあてはまることであつて、総合的な科学性ある人事管理が必要とされる所以である。
勤労環境が能率に及ぼす影響、例へば安全、健康、福利、厚生施設、その他事務労働手段、計器、照明、温度、'音等の能率的な改善方針は従来の日本では余り関心をもたれなかつた。能率の増進と確保のためにはこれ等の環境をも分散的に運響せず人事行政と直接連関させる必要がある。
このためには現在の人事機構をこれに一致するように改正し、尚各々技術的専門の知識と経験ある職員をも必要とすることも勿論である。このようにして人事行政が系統的科学的に一貫性のある方針によつて運営される為には可成り強度の精神革命を伴はなければ成しとげる事は困難である。封建的形骸の中で民主主義を説いていたのでは、完全な制度は生れない。混迷した古い思想と、尖?化した新しい思想の織りなす。
綾の中に深い洞察と理性が要求せられることを今日ほど強く感ずる時はない。
まとめに代えて
本論考を読む上で、特に注目すべき点は以下の3点です。
「ガバメント・コーポレーション」と「国家公務員法」の狭間での葛藤 米国TVAのような独立した企業体モデルに理想を見出しつつも、当時の日本の官僚制に残る「封建的色彩や情実人事」を冷徹に直視し、直ちに政府統制から離れることの危険性を指摘しています。一般職としての公務員法の枠組みを受け入れつつ、例外規定で弾力性を確保しようとした現実的判断が伺えます。
封建的身分制から「職階制(職務給・成績主義)」への転換 伝統的な「一級官・二級官」といった官等や年功序列を痛烈に批判し、「同等の仕事には同等の給与を(Equal pay for equal work)」というメリット・システムの導入を訴えています。客観的な即答法試験の導入など、欧米流の合理的経営への強い志向が印象的です。
労組幹部としての理知的アプローチ 激しい労働運動の渦中にありながら、単なる対立や感情論に終始せず、法治主義と客観的な人事評価制度こそが労働者の権利を守り、無用な摩擦を防ぐ防波堤になると説いている点は、当時の労使関係史を考える上でも極めて示唆に富んでいます。
戦後国鉄がどのような理念と現実の狭間で模索していたのかを知る上で、今なお多くの問いを投げかけてくれるテキストです。
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