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国鉄発足前 アメリカのTVA様式を紹介する記事

以下の記事は、昭和23年、運輸省時代の国鉄(鉄道総局)が国鉄職員向けに発行していた雑誌であり、当時の世相情勢を知る非常に重要な資料になります。
この資料では、昭和24年に設立が予定されている、新たな国有鉄道組織について、アメリカのTVA様式の運用について、語られているのですが非情に示唆に富んだ内容と言えます。

以下はAIによる要約
マッカーサー元帥の書簡を受け、日本の国鉄などの政府企業に「パブリック・コーポレーション(公社)」形態を導入する論議が高まった。本稿は、その典型とされるアメリカのTVA(テネシー川流域開発公社)の事例から、制度や政治的法制の形をそのまま模倣するのではなく、「政府の権限を持ちつつ私企業の伸縮性(柔軟性)と独創性を備える」というTVAの根本精神と自主性を日本がどのように汲み取るべきかを考察したものである。


 伸縮性ある公企業
ーTVA様式の適用についてー


中屋健一


1 去る七月二十二日附のマ元帥書簡は、国鉄の如き政府企業に対してパブリック・コーボレーション形態をとるべき問題についての重大な示唆を含むものと解されている。そして直ちに考えられるのは、パブリック・コーボレーションの一つの典型としてアメリカのTVAであるとされている。TVAはアメリカにおいても一つの実験的な公企業であつて、その実験の成功にも拘らず、現在なお国内において幾多の批判の対象となつている有様であり、殊に国情を異にする日本において、この公企業形態が国鉄にふさわしいものであるかどうかは、相当考究の余地があるものと考えられる。しかし乍ら、TVAからわれわれが学びとるべきものは、何もその政治的な法制でもなければ、経営組織そのものでもない。ローズヴェルト大統領がTVAの創設に当つて議会に対する教書の中で「TVAは政府の権限を身につけ、しかも私企業の伸縮性と独創性を備えたもの」と述べたように、アメリカ自身過度の独占集中を排除し、資本主義経済の弊害を除去しつつ、あくまで資本主義経済を固守せんとしたニューディール諸政策の一環としての新しい実験の根本精神に、われわれは当然その意義を見出し、以て他山の石とする用意を持たなければならないのである。

 したがつて、この短い一文においては、TVAそのものの解説は避けて、主として公企業としてのTVAのいかなる面が、わが国においても探り入れらるべきかの問題に集中して述べて見たいと思 う。TVAそのものに関しては、TVA研究懇談会の資料、並びに「アメリカ研究」昭和二十三年七月号、TVA特集、等によられたい。

 TVAの特色は、さきにローズヴェルト大続領の言葉で示されたように、公企業でありながらしかも私企業の伸縮性と独創性を備えたものであるというにつきる。電力、石炭、鉄道等のいわゆる公共事業が、国管がよいか民営がよいかという問題はいわば世界的な大問題である。そしてそのいづれにも利害があり、その判定は一にかかつてその社会の要求乃至歴史的必然性にあるといつてもいい。アメリカではかかる企業は伝統的に民間事業であり、政府がかムることに介入することは、その民主主義に反すろものとして非難されて来た。しかし、十九世紀末から二十世紀初めにかけて、独占企業に対する民衆の反撃は、国民の委任による政府がこれを続制することを是とし、革新主義の名を以て呼ばれる諸政策が、アメリカ的資本主義体制のワクの中において推進された。ニューディールは、一九二九年の大恐慌によって生じたアメリカ資本主義体制の大修正でもあり、ここにTVAの如き新しい公企業形態を生ぜしめた原動力が存する。平時において。アメリカがかかる公共事業に大規模に政府企業を行わんとしたことは、いまだかつてなく、ここにいろいろな批判を生じたのもまたアメリカ経済の特質から見て当然のことといわねばならない。
 かかる批判から免れ、且つ政府企業に私企業の利点である伸縮性や独創性を与えるために、TVA法は広汎にして大膽きわまる自主性を興えているのである。TVAの優れた特徴といえば、先ずこの自主性ということにあるのであり、わが国の国鉄その他の政府企業が公企業として独立する場合に参考となるのは。実にこの点にあるといつても過言ではない。国営企業が、とかく官僚独善に陷り、 形式主義放漫経営に墮し、非能率に沈潜する傾向を持つのは当然であり、官庁による経済統制乃至は経営が幾多の弊害を生むのもまた已むを得ないことといわなければならない、しかし、それかといつて、鉄道の如き公共事業の純民営化は大規模な資本の運営によるいろいろな困難や--したがって過剩資本、遊休設備、大量失業を生ずる根本原因となる--独占集中の弊を生する。自由競争は合理的な経営、優秀なサーヴィス、高度の技術水準を生むかも知れないが、利潤追及をその第一目的とされる限り、運賃の不公平、民間投資家の投機といつた資本主義体制に特有の、しかも公衆にとつては最大の不利益となる害悪を生むことはアメリカの鉄道発達史に明かなところである。

2  しからば、TVAの自主性とは何か、又この自主性は果して、国営、民営双方の弊害を克服し得るものであるかという問題をとり上げて見よう。結論的にいえば、TVAに関する限り、この自主性は大成功を収めている。しかし、それだからといつて、アメリカでも、あらゆる公共事業をTVAに傲つてかかる形態におくべきだとする主張が有力であるわけではない。否むしろ、アメリカの鉄道の如きは却つて逆の傾向を示しているかのように見える。前にもふれたとおり、公企業としてのTVAの特徴たる自主性の適用といつても、これはTVAのような計画経営に対しての一つの実験なのであつて。アメリカにおいてもこれが絶対的優秀性を持つものとは断定されていないことを前提にして話を進めて行きたいと思う。

 TVAの財政自主化については、既に鈴鹿寬昌氏が運輸省における独立採算制研究会において詳しく発表して居られるから、専門的に亘ることについては同氏の発表せられたものによられたいが、私はここにごく常識的にこの問題について解説を試みることにしたい。

TVAの優れたる特微がその自主性にあるといつても、これはTVAなる企業の性質上自から与えられたものであつて、TVAのように一つの地域的総合開発計画という大きな問題に正面から取組む必要上、アメリカで最もうるさい連邦と各州との行政管轄の問題や独占集中化して資本主義機構に基く民間企業との衝突の問題などに対処するための政治的考慮に出でたものであることは疑う余地がない。しかし、それにも拘らず、次第にその自主性を高めて来た所以は、あくまで公企業としての私企業的な伸縮性の要請が世論に受け入れられて来たためであつて、この自主性というのも財政面に関する限り、TVAがその開発期から経営期に入つた一九三八年以後始めて確立されたと見るのが至当のようである。

 ー九三三年五月に成立したTVA法では、TVAの管理を理事会に委せ、政府の指令を受けず。その地域の実情に則した運営が出来るようになつている。TVAの権限はTVA法によつて厳格に規定されているけれども、これはいわば大綱であつて、実際の運営に際しては広汎な活動が許されるようになっている。このことは極めて重要である。何故ならば理事会は当然一般行政官庁の権限にふれて来る権限を、実質的に有していることを意味するから、官僚の制肘を受けげ、政治的な闘争の範囲外におかれ、自由にその仕事を遂行し得たのである。もつとも官制上は、かかる権限は一応大統領に議会が附与し、大統領が理事会に委託する形式をとつてはいるが、政府からの圧迫は直接受けずともすむ形になつている。このことがより明瞭なのは、人事の問題について見るとよく判る。理事は三名であるが、任期は九年とし、一名づつ三年毎にずれて任命されることになつている。そして理事は大統領が上院の勧告と承認を得て任命する。したがって、議会も大統領も人事によつてTVAに干渉することは不可能でないにしても容易でなく、政治的な影響を与えることは先ず困難である。しかも理事の権限は人事に関しても強大で、全従業員の任免権を有している。

 大体アメリカの法律には、期限つきで実施されるように規定してあるものが多いが、TVA法もそその一つで、しばしば議会はこれを改正し、あるいは又その権限を拡張する法律を制定している。これは拙速主義というか、とにかくやつて見て悪いところを改めて行けばいいというアメリカ式の現実に則した法律制定のやり方であつて、慎重なのか優柔不断なのか遂に時期を失し、あるいは十数年前の死文化した法律を大事に守つている我が国の形式主義的な官僚のやり方と全く好い対照となるものである。

 TVAの従業員は、アメリカ官吏の人事委員会の統制外におかれ、公務員法の適用を除外されている。これはこの事業が特に私企業的な伸縮性、すなわち能率と実績を尊重しなければならないものであるためであるが、科学的な職階制により、職種による昇進が行われ、組織系統による昇進を打破するやり方がとられている。この点などは日本の官吏人事に大いにとり入れらるべきであろう。労働関係にしても、創業以来一度のストライキも行われない事実が、この経営の優れていることを物語つている。TVAの人員の七十パーセント以上を占める賃銀労働者は十五の職種別組合に属し、その組合から選ばれた労働者代表によつてテネシー河流域労働会議が組織、されている。この会議は経管協議会によって経営者と協力し、労働紛争を急速に解決する機会を持つばかりでなく、経営者の能率増進に積極的協力を行っている。

 これらのことはTVAの理事並びに職員がこの事業に理解を有することが要件として定められて居り、理事はTVAと利害相反する事業に関係を持つことを許されていないことによるものである。したがって、TVAの人事は全く政争の具に供せられる心配もなく、官僚の支配を受ける惧れもなく、優れた人事組織を持つことが出来たもので、TVAの人事自主性はTVA成功の最大の理由だと考えられる。

TVAの自主性で最も注目すべきは、財政上の自主性であろう。

もともとTVAは議会によつて定められた予算で事業を行つて来たのであるが、これだけでは議会が予算を削減することによつて、TVAに干渉することが出来るわけである。そこでTVAは次のようなやり方をして来た。すなわち、議会で決定された予算は額だけで、その細かい使途は全くTVAの自由裁量によつて使えることが出来る。又,会計検査る大網にとどまり、細い点は理事会に委せられている。TVAが企業として採算がとれるようになつたのは一九四五年以後のことであるが、電力企業、肥料その他による収入は、事業経費を引いた他に理事会が必要な経費を保留し、その残りを国庫に納めることになつている。したがつて、理事会の動かし得る金

額は相当莫大であるわけである。

TVAは資本金を法律上規定していない。それは開発に当って毎年累積的に財源を得ることが必要であつたことと、建設と運営とを区別することによって更にその自主性を高めようとするためであつたことによるものである。これらの財政上の自主性は、TVAの低廉な電力に対抗した民間事業家との抗争によつて遂にかち得たもので、一つには経営の合理化のたまものということが出来る。


3 TVAは、理想社会の実験ともいわれている。それは前述のような公企業形態の下に、電力、肥料、治水、舟運、農地開発その他の社会的経済的改革が実際に行われたからである。保守的な資本家障営からは激しく攻撃されながらも、従来のアメリカの政府企業たる水道、郵便、特殊金融の例を破つて、遂に一応の成功を見たこの実験は、大きくいえばテネシー河流域の社会主義的改革を完成したともいえる大事業であつた。

問題はここでかかる公企業がわが国にも適用され得べきものであるかどうかということである。TVAの成功は、もちろんテネシー河流域に潜在していた姿源の豊富なことに帰せられる。それだから、といつて資源の貧弱なわが国では全然問題にされ得ないかということは断じて言えない。テネシー州はアメリカ四十九州でも最も忘れられた貧乏な州の一つに過ぎなかつたのではないだろうか。

 しかし、TVAをいかにわが国に適用するかということは、事業そのものや資源の開発の問題ではない、公共事業は多くの人類により多くの便宜を与え、共同自的に、役立つことを第一目的とするものであるというTVAの根本理念こそわれわれがとり上げなければならないものなのである。TVAは、資源開発に自然一体の計豊性と、民衆の協力をその指導理念とした。これこそわれわれがTVAに学ばねばならぬものであると思う。一口にいえば、近代文化の発展に大きな役割を持つている科学技術を大衆の日常生活の中に浸み込ませることの出来るような公企業の実践が望ましい。

 国鉄の再編成をいかにすべきかについてはそれぞれの専門家が具体的な案を持つて居られることと思うが、国鉄は官僚のものでもなければ国鉄従業員のものでもない。これについては国民全体の積極的な協力が必要である。TVAのような総合計画性とその公企業としての弾力ある経営自主性は、その形式はどうであろうとも、国民全体がこれを支持してその精神をとり入れることに購踏してはならないと思う。殊にその自主性を尊重し、大幅な弾力性ある権限を地域地域の責任ある管理体に委ねるやり方、職種別による昇進の途を開く人事は、直ちに以て採用する価値があると思う。

 国鉄再建の方途については、民営論、あるいは一部民間移譲論が一部に主張され、又一方国民管理といつた徹底した社会主義的立場に立つ議論も行われている。アーネスト・デヴィスがイギリスの労働党国営諸政策にTVAを公企業の典型に採り入れようと主張していることを想えば、又イギリスの政治学者ファイナーがTVAの実験を国際的に適用することを主張していることを考えるとき、わが国の国鉄がTVAを応用する公・企業たるべきことが真剣に考えられてもいいのではないかと考える。しかし、それには、ファイナーも指摘しているように、歴史、資源、民族、宗教といつた環境の相異を充分考慮しなければならない。しかもあくまで、経済発展の法則に従いつつ、進歩性を獲得して行くやり方に従うべきであつて試験済みの独占資本主義的な民営論や、急進的な国民管理論は、徒らに多くの摩擦をおこすものとしか思えない。アメリカ経済が徐にではあるがしかも確箕に資本主

義体制の修正を行いつと、より幸福なる生活の追求に真剣に取組ん

でいる姿を見るのは、ひとりTVAのみに限らないのである。(九・一四)

(アメリカ学会幹事)

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